第581話 寧々さん、お葉の門出を祝福する

天正10年(1582年)2月中旬 武蔵国江戸城 寧々


来月から旅に出るにあたり、瑚々を誰に預けようかと迷っている。生後間もないから、連れて行くわけにはいかず……かといって、今回の旅には嶺松院殿も加奈さんも自分の孫を見に行くと同行する予定になっており、残るはお稲さんくらいしか思い浮かばないのだ。


ただ、そのお稲さんは今、労咳に罹っていることが分かったルイス殿の治療で忙しくてそれどころではない。


「でしたら、わたしが面倒を見ます」


……そう胸を張って言ってくれる萌々は悪いけど、まだ逆に面倒を見てもらう大人が必要なお年頃。茶々はそれより年上なので、もしかしたらギリギリお願いできるかもしれないが、あの子はあの子であの手この手と新次郎を誘惑するので忙しいようだから、邪魔をしたくない。


つまり、適任者が見つからない状況なのだ。


「誰か良い人いないかしらねぇ……」


もちろん、募集はかけているが、帯には短し襷に長しとはよく言ったもので、適任者が見つからない。ちなみに、重臣たちの奥さんたちもと考えて、樋口の奥さんはどうだろうと相談したら、片付けが苦手らしく、お城をゴミ屋敷にしては申し訳ないと断られた。


「申し上げます。只今、伊勢截流斎殿がお見えになられましたが……」


「截流斎が?一体何の用かしら……」


そんな最中であったため、正直な気持ちとしてはまた日を改めてもらいたいが、民政長官となった彼を無視するわけにはいかず、わたしはため息を吐きつつ、目通りを許した。


「実は某、死んだことになったため、妻に逃げられまして……」


「だから何?」


「後添えを紹介して頂けないかと思いまして……」


ただ、冒頭からいきなりそんな事を言われて、聞き終えた瞬間、怒りが頂点に達した。そんなふざけたことを相談に来るなんて、わたしを舐めているのかと怒鳴りたくなった。


しかし……次の瞬間、わたしは気づく。その視線がチラチラとお葉に向けられていることを。そして、お葉の方も満更ではないらしく、どこか緊張した面持ちでわたしの答えを待っているように見えた。


だから、二人に確認した。もしかしたら、そういう関係なのかと。


「すみません、寧々様。わたしは止めたのですが……截流斎様が寧々様の顔を立てる形にしたいと申されまして……」


「そうなのね。それなら、認めるのは吝かではないけど……石松はどうするつもりなの?」


もし、再婚の邪魔になるのであれば、元服を前倒しして、新次郎の家臣として独立させても構わないと思って訊ねると……


「石松は某の子として、伊勢家の嫡男として迎える所存です」


……そう截流斎から返答があって、わたしを安心させてくれた。ならば、認めないわけにはいかない。二人の門出を祝福することにしたのだった。


ただ、そうなると……問題は、お葉の後任だ。まあ、今は弥七郎が側にいるから、身の回りの警護については問題ないと言えば問題ないが、彼は彼でいずれは軍政部に異動させるつもりだから、その先の事を考えておく必要はあるだろう。


すると、お葉は手をパンパンと叩いた。現れたのは、どこかで見覚えのある幼い少女だった。


「成田下総守が娘、甲斐にございます。お方様の武勇を従兄から聞いて、憧れております!どうか、お方様のお側に置いて頂けないでしょうか!」


なるほど、道理で見た覚えがあるはずだと思った。甲斐姫は藤吉郎さの側室で、何かと茶々が頼りにしていた女傑である。それにしても、わたしの武勇って……一体何を吹き込んだのか、あとで大蔵大輔に聞かないといけないようね。


「甲斐もこのように申しておりますし、如何ですか、お方様?」


(ただ……齢はまだ10か、11といった所かしら?)


それゆえに、今すぐお葉と同じ働きを求めるのは難しいはずだ。それは、お葉も認めて、これより数年かけて鍛えていくという。それなら、別に認めても良いが……


「あれ?今気づいたのだけど、もしかして今回の外遊に同行しないつもりだったりする?」


「はい。今回の外遊には、前田様もそちらに控えておられる高橋弥七郎殿も同行されるということなので、甲斐の教育もありますし、できれば新婚なので残らさせて頂けたらと……」


だったら、わたしの方からも一つお願いすることにした。それは、さっきから頭を悩ましている萌々と瑚々のお守りだ。


「誰にお願いするか、実はずっと迷っていたのよ。出来たらお願いしたいのだけど……」


「承知いたしました。お任せくださいませ」

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