第579話 藤吉郎は、豊後で脳筋共に悩まされる

天正10年(1582年)1月下旬 豊後国丹生島城 羽柴秀吉


儂と又左殿の軍勢が豊後国佐賀関に上陸したと知った島津勢は、丹生島城の囲いを解いて府内方面へ撤退していった。おそらく、体勢を立て直すためとみるが、おかげで我らは易々と大友殿と合流できたのだから、一先ずこれでよい。


率いている兵は1万2千。内訳は、前田勢5千、羽柴勢5千、それに長宗我部勢2千となっている。そして、その兵をそのまま丹生島城に入れて、儂と又左殿は大友殿に面会を求めた。


「援軍、かたじけのうございます。大友宗麟にございます」


広間で儂らに挨拶の口上を述べた宗麟殿は、見るからに疲労困憊の御様子であったが、かつてこの九州で6か国の守護を務めていた意地なのか……堂々と我らと相対された。加えて、現在の戦況について説明してくれる。


「我らに残っている拠点は、この丹生島城を中心とする海部郡……それに、大分郡東部の鶴崎城にございます」


「つまり、大野郡と府内を含めた北部が落ちたため、そこを経由して島津勢は日向から豊前に押し寄せているという事ですか」


「左様。無論、我らとしても、奪還を目指したいところですが、多勢に無勢で如何ともしがたく……」


先の中国攻めにおいて、無断で周防へ派兵したことを咎められて、今の大友家は豊後一国の所領しか持たない。確かに、5万に近い兵力を動員していると聞く島津軍を相手にするには荷が重かっただろう。領地の失陥はやむを得なかった事だと儂は判断した。


そして、今は終わった事よりもこれからの事の方が大事だ。そう思っていると、又左殿も同じ気持ちだったようで、儂に意見を求めてきた。


「それで、これからどうするかだが……藤吉郎。おまえはどう思うか?」


この豊後全土を取り返すほどの攻勢を見せれば、退路を断たれることを恐れた島津勢は、豊前を放棄してこの地に戻ってくるだろう。そうなれば、松山城で籠城中の池田殿は救われるかもしれないが……問題は5万の兵を相手に我らが勝てるのかという話になる。


「おそらく、権六殿がそろそろ周防に到着している頃とは思いますが、一揆の鎮圧に今少し時間は掛かるかと。豊前を救うために、この豊後を取り戻したいのは山々ではありますが……流石に5万の兵を相手にするのは、今の兵力では足りないかと思います」


「ならば、我らの方針はこの豊後南部を死守することだな?」


「はい。いずれ、権六殿……あるいは、畿内から増援が到着して、豊前・筑前に織田方の兵が進むと思われます。我らが動くのは、その時。呼応して兵を北に向けて、島津軍を挟み撃ちにすれば、それで我らの勝ちとなるでしょう」


つまり、今は動かずにその時に向けて力を蓄えるという事だ。それが最も良いと考えて、儂は又左殿に進言した。


しかし……どこにでも頭が悪い奴はいるもので、儂のこの提案に異を唱える者がいる。しかもよりによって、口火を切ったのは……うちの配下の仙石だった。


「殿っ!お叱りを承知で申し上げますが、それでは何のために、我らは紀州から参ったのでしょうや!」


「決まっておろう。この豊後を守るためだ」


「ですが、その豊後は今、敵に奪われたままではありませんか!これを取り返さずして、果たして守れたと申せるのでしょうや!」


……はあ、何を言っているのだ、こやつは。南北で島津軍を挟撃した後に、最終的に豊後は奪い返すことができるのだから、何も問題はないではないか。


だが、一度火がついてしまった主戦論は、福島市松や加藤虎之助といった若武者たち、さらには手柄が欲しい長宗我部殿が支持したことで止まらなくなってしまう。


特に又左殿こそ、元々血の気の多い武者なれば、もう儂や官兵衛が何を言っても止めることはできない。


そして……日向からの道を塞ぐために、まずは大野郡……その入り口にある鶴ヶ城に兵を進めてみようと又左殿が言った。


「先陣は長宗我部殿と……先程の心意気を買って仙石殿に任せたい。藤吉郎、そなたの配下を借りるが構わぬか?」


家中の序列上、儂よりも又左の方が上であるため、拒む事はできない。広げられている地図を見れば、鶴ヶ城の側に戸次川という川が流れている事に気がつき、何か言い知れぬ不安を覚えたが……認めるしかなかった。

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