第578話 新五郎は、責任を問われる

天正10年(1582年)1月中旬 山城国伏見城 斎藤利治


忌々しいことだが、今、目の前で斯波武衛が大樹様から太刀を賜り、九州征討の総大将を拝命した。もちろん、俺としては大反対であったが、安土に謝罪に行っている間に、奴が任命されるように根回しをされており、伏見に帰ったときにはもう手遅れであったのだ。


それに、周防・長門で役に立たなかった河尻と原田を推挙したのは俺であったため、強くも言えなかったのもある……。


「必ずや島津、龍造寺を下して、大樹様の治世を安んじて御覧に入れまする。万事、この忠元にお任せを!」


「うむ。頼りにしているぞ、義弟よ。体に気をつけて、九州に参るがよい」


「ははぁっ!」


これで予定されていた儀式は終わり、武衛は部下たちと共に広間から出ていく。率いていく兵は2万余。この後周防・山口に入り、先行している柴田殿と合流して、豊前に渡るらしい。


「新五郎」


「はっ!」


そして……武衛が居なくなったところで、俺は大樹様から声を掛けられる。おそらくは、此度の失態に対する処分の件だろう。


「そろそろ、父上に回答せねばなるまい?如何考えておる」


「……大事な時に役に立たなかった原田殿と河尻殿は改易の上で切腹。滝川殿と池田殿は、上様の重臣ですので、最終的な判断は委ねる必要があると思いますが、筑前と豊前の領地は召し上げて、いずこかの僻地へ減封というあたりで如何かと……」


「その連中の処罰については、俺もそれでよいとは思う。だが……そなたに問いたいのは、この人事を推し進めたそなたの責任に対する処罰についてだ」


「某の……処罰ですか?」


馬鹿な。何でそんな話になるのだ……。


「実はな、今この城の中では、そもそもの話としてそなたがこの人事を俺に勧めなければ、このような事態になっていなかったのではないかという声が多数上がっているのだ」


「なんと……」


「それゆえに、俺としても不本意ではあるが……そなたの処罰も考えなければならない」


「お、畏れながら!確かに、原田殿と河尻殿を周防・長門に移すように進言したのは某ですが……滝川殿と池田殿の事は、大樹様が仰せになられていたではありませぬか!姉小路殿が進言されたということで」


「……悪いが、新五郎。記憶にないな」


その瞬間、脇に控える姉小路侍従の笑う顔が目に入った。なるほど、自分が助かりたいために、俺を嵌めようということか。くそ……許せん!


しかし、ここで殴り掛かってしまえば、もうどうしたところで言い逃れはできない。それゆえに俺はグッと我慢して、大樹様の沙汰を待つことにした。


「斎藤新五郎。役目を解き、謹慎を命じる」


「ははぁっ!」


その瞬間、また姉小路侍従のにやけた顔が目に入る。くっ、我慢だ。


「そう侍従を睨むな、新五郎。侍従の顔がニヤニヤしているのはいつもの事だろうが。言っておくが、今回のそなたの沙汰には絡んでおらぬぞ」


そうなのか?しかし……俺の留守中に武衛に総大将の任が下るように動いたと聞いている ゆえ、いくら大樹様のお言葉とはいえども、今ひとつ信じられない。


「新五郎殿。実は、某もこれより謹慎に入るのですよ。大樹様の名誉を守るためにこうするより他はござらぬが、責任は感じていないわけではないのです。こんな顔ですが、信じていただけないでしょうか?」


「侍従殿……これは申し訳ございませんでした。どうやら、某の目が曇っていたようですな。お許し願いたい」


「もちろんにございます」


はぁ……人を見かけで判断してはいけないな。まさか、一緒に責任を取ると言ってくれるとは。怒りで視野が狭くなっていたようだな。反省せねば……。


「二人とも。いずれにしても、謹慎は形だけだ。武衛が九州を平定したら、父上の事だから滝川と池田に恩赦を出すだろう。それに便乗して呼び戻すからそのつもりでいるように」


「「ははっ!」」


つまり、事実上は休暇ということか。ならば、この期間を有意義に使って、大樹様の治世が安泰になるように策を練ろう。例え、武衛が大きな手柄を挙げても、揺るがないように……。



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