第577話 寧々さん、江戸に入る(14)
天正10年(1582年)1月中旬 武蔵国江戸城 寧々
豊臣軍を天下随一の精鋭にする——。
正月の宴で、そうわたしに強く宣言して軍政長官に就任した孫市は、その言葉が口先だけでないことを証明するかのように、矢継ぎ早に改革の矢を放った。その一つは、信長様もやっていた『いつでもすぐに出動できる常備軍』の創設だ。
「幸いなことに、資金調達の目途は立ったようですからね。この武蔵のみならず、全国各地から傭兵を募って、常時2万の兵力を確保しようと思います」
新しい組織体制になって初めて開かれた重臣会議で、孫市はそのように提案した。
なお、孫市の言う資金の当ては、例の贋金鋳造の事だ。誰が泥をかぶってくれることになったのかは、あくまで豊臣家は知らぬこととして進めるために教えてもらっていないが、秩父の山で採掘される銅を原料にこの春からどんどん作っていくらしい。
もちろん、その事はこの場にいる者ならば皆知っているので、誰も疑義を挟まない。
「また、各地の国人領主には、石高1千石につき20人を所属する郡司の下に拠出させます。平時においては、各郡の治安維持に用いますが、非常時は動員して防衛戦に加えます」
北条家が統治していた頃と比べて領地は減らされたものの、この豊臣家100万石のうち 30万石は依然国人領主が治めている。つまり、これで6千人の兵が確保できる目算だ。
ただ、これに懸念を示したのは、民政長官の截流斎だ。先年までこの地を治めていた大名であっただけに、国人達の反応を予測できるのか、慎重論を唱える。
「しかし、孫市殿。一般的に1千石あたりの動員兵力はおよそ25人。そのうちの20人も兵を取られたら、流石に国人衆が反発するのでは?」
「その代わり、今後賦役は免除します。戦場に出ることも求めません。それならどうですか?截流斎殿」
「……賦役免除、いくさに出なくていいとなれば、確かに反発は少ないでしょうな」
もっとも、中にはいくさに出たがる脳みそが筋肉でできている方もいるだろうが、そう言った方は拠出する 20人の中に自ら入るか、あるいは銭で雇う傭兵に参加すればいいと孫市は説明した。
なお……人員の拠出がなぜ国人衆に限定しているのかというと、実は若狭から移ってきた家臣たちには領地ではなく禄を与える事にこの豊臣家では決まったからだ。先程孫市が口にした「郡司」も含めて、行政官は任期を定めてこの豊臣家から役人を派遣することになっている。
「次に、常備軍の編成ですが、この孫市が率いる第1軍5千をこの江戸に置き、河越城に高橋殿を入れて第2軍6千、下総・佐倉城に蜂須賀殿を入れて第3軍6千、小机城に杉谷殿を入れて第4軍3千とします」
「理想はわかるが、傭兵の募兵はこれからだろう?それまではどうする」
「あまり時を置かずに集めるするつもりですが、準備ができるまでは今の体制でお願いします」
「だが、俺は外政長官になったから、この江戸に詰めなければならない。できれば、河越には交代を派遣してもらいたいのだが……」
「わかりました。そういうことでしたら、小机城の樋口殿も同じですね。人の異動だけは早急に行うようにしましょう。」
このように、細かな調整は生じたが、防衛体制も定まった。これなら、北の佐竹、結城、宇都宮らにも対抗することはできるだろう。
そして、孫市は精強の軍には統制が必要だとして、階級を導入すると言った。
「律令制の官位と同じように、将、佐、尉、これに兵卒を加えて4階級を割り振りたいと思います」
そう言いながら、まずは先程名前が挙がった軍の指揮官を『将』の階級を付与すると説明した。本音を言えば、肩書などどうでもいいように思えるが、逆に言えば孫市の言うとおりにしても問題ないと言える。誰も反対する者はいなかった。
こうして、孫市の改革案は大筋で皆に求められて、我が家の方針となった。孫市の言うように、天下随一の精鋭になってくれることを……あとは願うのみだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます