第317話 寧々さん、援軍を得る
天正2年(1574年)2月上旬 遠江国龍潭寺 寧々
渡辺半蔵とかいう、タヌキの子分を血祭りにした後、徳川の兵も引き下がって行ったので、わたしも寺内に戻る。但し……ちょっと無理をしたようで、黒王から降りた後の左足は血塗れだ。
「痛たたたた……」
「だから、無理はなさいますなと申し上げたではありませんか!」
「でも、そのお陰で勝てたじゃない。文句は言わない」
大体、痛いのはわたしであって弥六郎ではない。無論、治療はするから、終わったことを一々気にしないでもらいたいものだ。
「だが、傷口は完全に開いてしまっている。これは、一から治療はやり直しだな……」
「ご迷惑をおかけします、次郎法師殿……」
「それは気になさらずとも構わないが……しかし、寧々殿。徳川はこれで諦めてくれるでしょうか?」
「それはないわね。あの糞タヌキ、しつっこいから、こうなったら意地になって攻めてくるわね」
「それで、勝てるのか?」
そう真剣に次郎法師殿に問われて、わたしは正直に今のままでは勝てないと言った。見ての通り、次はもうわたしは戦えないし、そうなれば単純に兵力差で押し潰されてしまうだろう。つまり、次の攻撃までに尾張から援軍が来なければ、わたしたちは終わりだ。
「……寧々様。このようなときにダジャレはちょっと……」
「た、偶々よ!変なとこを突っ込まないの、弥六郎。……本当よ!?狙ってないんだからね!」
まあ……斯様などうでもよいやり取りは兎も角として、敵か援軍か。どちらが早くここに到着するかで、この騒動の決着が決まるだろう。すると、そこに傑山さんがゆっくりと現れた。
「どっち?」
「援軍です。兵は1千程で、大将は森勝蔵と名乗っています。こちらにお通ししても?」
「勝蔵君が?」
もちろん、通して構わないが……彼は今、虎哉和尚の学問所を卒業して、近江小谷にいるはずだ。父親の三左衛門殿に領主としての心構えを習うと言っていたというのに、それがどうして……。
「ご無事で何よりです、寧々様。この勝蔵が来たからには、徳川の連中に指一本たりとも触れさせるようなことは有りませんので、どうかご安心を」
「もちろん、あなたが来てくれて安心しているけど……」
わたしは、勝蔵君にここに居る理由がわからずに何があったのかを訊ねた。
「実は、莉々から手紙が届きまして……」
「手紙?」
勝蔵君が言うには、その手紙には忠元に思いの丈を告白したが振られてしまったとあったそうだ。そして、落ち込んでいると……。
「それで俺は、そんな小さなことを気にする万福丸に腹が立って、直接𠮟りつけようと清洲まで出たら、寧々様が徳川に命を狙われてこの龍潭寺に匿われていると聞き……」
「兄妹婚の問題は、決して小さなことではないけど……でも、それで援軍を買って出てくれたというの?」
「はい。俺にとって、寧々様は第二の母上の様なお方。万福丸の頭でっかちを先に殴るかは迷いましたが、見過ごすわけには参りませぬゆえ……」
その「第二の母上」というのが、別の意味が籠っているのではと勘繰ってしまうが、とにかく勝蔵君はいい子だ。そして、前世の彼の活躍を知るわたしにとって、これは最強の援軍とも言えた。
「では、頼んでもいいかしら。わたしの予想では、そろそろまた徳川の兵がこの寺に押し寄せてくると思うの。だから、思う存分……殲滅してもらえない?」
「心得ました。一人も残さずに皆、血祭りに上げること、この勝蔵、寧々様にお約束いたしまする。あ……そうだ。これを」
「これは……」
「半兵衛殿から預かりました。使い方は、こちらに。では、某はこれにて」
勝蔵君は、わたしにそう告げると、部屋から出て行った。これから表に出て、徳川軍の襲来に備えるという。すると、それからしばらくして、部屋の外から喧騒が聞こえてきた。
「どうやら始まったようね……」
様子を見に行った弥六郎の話によると、その旗印から押し寄せてきた徳川の将は、成瀬藤蔵と鳥居四郎左衛門とか。それなりに名が聞こえる武将ではあるが、勝蔵君相手にはきっと、話にならないだろう。
そう思っていると、左程時が経たずに外は再び静かとなる。どうやら、早くも討ち取ったようだ。
そして……わたしは、受け取った書状を読み、半兵衛の策を実行するべく弥六郎に命を下すのだった。
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