第316話 槍半蔵は、功を焦って首を落す

天正2年(1574年)2月上旬 遠江国龍潭寺 渡辺守綱


もうすぐ、東郷局が居るという龍潭寺だ。大久保殿がご舎弟の治右衛門殿と城中で話をしている内容を盗み聞きした限りでは、何でも殿が御所望の女とかで、どうしても浜松のお城に迎えたいとか。


きっとお連れすれば、人妻好きの寝取り癖がある殿の事だ。「よくやった、半蔵!」と、お褒め頂けるだろう。さすれば、今度こそ加増かな?それとも子が生まれたら傅役を仰せつけられるのかな?いずれにしても楽しみだ。


「しかし、半蔵様。よろしいのですか?」


「何がだ?」


「このお役目は、大久保様がお引き受けになられているのでしょう?勝手なことをしたら……」


何だ?この兵士は。ここに東郷局が居るという情報を掴んだのは、たまたま気賀で酒を飲んでいて、暇つぶしに他人の会話に側耳を立てていたこの俺だというのに、なぜ手柄を譲らねばならぬのか。ありえない……。


だが、そんなことを思っているうちに、俺たちは龍潭寺の前に到着した。しかし、なぜかそこには巨大な黒い馬に跨った女が居た。


「某は、徳川三河守が臣、渡辺半蔵と申す!貴女が東郷局殿か?」


「いかにも。しかし、徳川殿の臣が何用でわらわの居るこの寺に来るか。用事はないぞ?」


「それは、貴女を我が主の元に迎えるためにて……」


だから、どうか浜松まで同行するように俺は願うが、東郷局は頑なに拒んだ。その気はないと言って。


「では、力づくでもとなりますが、よろしいか?」


「やれるものなら、やってみるが良い。但し、警告はしておくぞ?そこより一歩でも踏み出せば、わらわに敵対したとみなし、攻撃すると!」


ほう……どうやら、この女は力づくでされるのがお好きな女のようだ。顔もきれいだし、体型も好ましい。そうだ。殿に献じる前に某が毒見をしておくのもよいのかもしれぬな。


「いや……流石に半蔵様。それはまずいでしょ?」


「うるさい。さっきから何だ、貴様は。引っ込んでいろ!」


こほん。茶々を入れる輩が居たが、構わない。俺の股間はもうビンビンだ。だから、連れてきた兵士たちに号令を下した。我に続けと。しかし……


バーン!


「うぐっ!」


いきなり右肩に激痛が走って、俺はたまらず馬から落ちてしまった。


「半蔵様!」


「大丈夫ですか!?」


命にすぐ直結するようなケガではないが、傷口から血が止め処なく湧き出してくる。そして、手でそれを押さえながら体を起こして東郷局の方に視線を向けると、銃を下ろしているのが見えた。ゆえに、この怪我は銃で撃ち抜かれたものだと理解した。


「お、おのれぇ……飛び道具とは、卑怯な……!」


「卑怯で結構。戦は勝った者が正義よ!三河守に教わらなかったのかしら?」


「黙れ!女のくせに知ったような口を利きおって……許せん!皆の者、あのじゃじゃ馬を討ち取れ!突撃だぁ!!」


「「「「応!」」」」


こちらの方が数は多いのだ。肩を撃ち抜かれたから槍を振るうことはできなくなったが、これでお仕舞いだ。そうだ……捕らえたらあの女の口に俺のモノを咥えさせて黙らせよう。その後は、じっくりと下の口にも……。


「皆の者、今ぞ!かかれぇ!」


「「「「おう!」」」」


しかし、そのようなスケベなことを考えていると、突然側面の茂みから20名程度の兵が我が方に突撃してきた。それでも数では勝っているので大丈夫だと思いきや……


「我らも続け!」


……と、今度は反対側の側面から号令が聞こえて、僧兵たちが同様に我らに攻撃してくる。こちらも数は30名余りと言った所だろうか。流石に挟撃されて、兵たちに動揺が走った。


「狼狽えるな!我らの方が数では上だ。冷静に戦えば必ず……」


「あら?正面が疎かよ!」


「え……?」


不意に聞こえてきた女の声。それが東郷局のものだとは理解したが、同時に俺の首は宙を舞った。


「来世では、喧嘩を売るときには相手を選びなさいね!まあ……首になったら聞こえていないか……」


いや……聞こえているんだが、同時に俺の首は石畳の上に落ちて……。

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