第6章 石山編

第309話 寧々さん、息子の祝言に臨む

天正2年(1574年)1月中旬 尾張国清洲城 寧々


忠元と彩姫様の婚礼が今、目の前で執り行われている。そして……その忠元に見事振られた莉々だが、今はここにいない。あの後、忠元と顔を合わせ辛くなったようで、若狭に帰ってしまったのだ。


そして、流石に一人で帰すわけにはいかないので、慶次郎を付けたことから、彼もこの場に姿はない。ああ、莉々の事が心配でお酒の味が分からなくなってきたわ……。


「寧々様……味が分からなくなるほど酔っておられるのでしたら、もうこの辺りでお仕舞いにしましょう。竹中殿がさっきからこちらをずっと睨みつけていますよ?『飲み過ぎだ』と口を動かして……」


わかっているわよ、孫六郎。そんなにクドクド言わなくても。流石にこの息子の晴れの場で醜態を晒したら、嫁に永遠に舐められるでしょう。だから、あと10杯で止めるわよ。


「いや……それだと確実にお叱りを受ける展開になるような……?」


「おだまり!」


大体そもそも、この場にいる織田家の偉いさんたちがお酌をしてくれるのに、断るわけにはいかないでしょう。あ……次は三河屋のサブちゃんね。


「岡崎三郎信康にございます。この度は、某にとっても頼りになる義弟を得たこと、とても嬉しく思います。どうか、お近づきの印に一献」


「ありがとう、サブちゃん。うちの万福丸をよろしくね」


「サ、サブちゃん……ですか?」


あら?何か驚いているけど、何かわたし変なこと言ったのかしら?


「……寧々様。流石に徳川様の若君にその申し様は失礼かと?」


「あ……富田殿。それはお気になさらずに。某は以前より寧々様の武勇伝を耳にしており、尊敬しておりましたので、寧ろそのように親しみを込めて呼んでいただけるのでしたら、嬉しく思いますよ」


「うわぁ……なんていい子なの、サブちゃんは。本当にあの腹黒狸さんの息子さんなのかしら?」


「寧々様!流石に今のは……」


「いいのですよ。某も実はそう思っているのですよ。もしかしたら、他の誰かの子ではないかと……」


「三郎様……お酒に酔われているとはいえ、それは申しては……」


「そうだな、伯耆守。少し口が過ぎた様だ。寧々様、どうかお忘れいただけたら」


「いいわよ。わたしの杯を受けてくれたら、許してあげるわ」


そう言いながら、わたしは富田に命じて土鍋の蓋と樽酒をこの場に持って来させると、その蓋に柄杓で酒を注いであげる。なお、穴は指でふさぐようにサブちゃんに言って。


「あの……まさかとは思いますが、これを飲めと?」


「そうよ。もちろん、一気で」


「い、一気でですか……?」


あら?サブちゃん……わたしのお酒が飲めないということかしら?それならちょっとがっかりだな。あの腹黒狸は飲み干したんだけどな。前世で大坂城を明け渡せとふざけたことを言って来たときに……。


「の、飲みます!ここで飲まねば、男が廃るということなのですね?」


「そうよ。断るなら、アレが本当に生えているのか確認しないといけないわね」


「が、頑張らせていただきます!」


サブちゃんは、流石わたしが見込んだ漢の中の漢だ。土鍋に口を付けて、そのまま一度も休憩を挟むことなく、土鍋一気をやり遂げた。


「ぷはー!い、いかがでしたか?某の飲みっぷりは!」


「凄いわ!これは、謙信公にもお手紙を書かないといけませんね。ここに酒道を志す新たな仲間を得たと……」


「謙信公って……あの上杉謙信公ですか!?」


「そうよ。サブちゃんもあの方の弟子になって、一緒に酒道を極めましょう!」


「はあ……」


こうして、新たな酒飲み仲間を得たわたしは、心楽しくまた酒を飲む。


「ああ、楽しいわ。サブちゃんがうちの婿になってくれたら、言うことないわね。でも、五徳様がいるから残念!きゃははは……って、い、痛い!痛たたたた!!!!」


「……寧々様。某はあれほど申し上げましたよね?今日の宴で失態を見せたら、末代までの恥になると?」


「は、半兵衛!?い、いや……まだ失態は見せていないはず。そうよね?富田!」


「い、いや……三河の若君を『サブちゃん』と呼んだり、土鍋一気は流石に……」


「だったら、止めてよ……って、痛い!ごめんなさい!酔った時のこめかみは……本当に止めて頂戴!」


かくしてわたしは、息子の婚礼において醜態を晒してしまい、嫁である彩姫様に笑われてしまった。ああ……わたしも合わす顔がないので、若狭に帰ろうかしら?

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