第308話 莉々は、思いの丈を告白する

天正元年(1573年)8月下旬 尾張国清洲城 莉々


「さあ、姫様。準備は整いましたよ?」


「お通……おかしくない?子供っぽく見えたりしない?」


「大丈夫ですよ。今日の姫様は、いつも以上に可愛らしく存じます」


可愛らしく……か。本当は、市の伯母上のように凛々しく美しい姿にして欲しかったんだけど、わかっているわ。わたしの顔じゃ、どう頑張ってもこれが限界なのだと。


(まあ……兄上の婚約者はまだ5歳だと聞くし、ひょっとしたら、幼いお顔の方が好みなのかも?)


だったら、まあいいかと思い、わたしは母上が用意してくれた勝負の舞台へといざ出陣する。そこは、母上が昔このお城に居た時に使っていた部屋で、父上と結ばれた由緒ある場所だとか。


そんな場所で兄上に愛の告白を……きゃあ!想像しただけで、胸がドキドキするわ。そのまま子供ができるような展開になったらどうしましょう?男の子だったら、兄上と同じ『万福丸』と名付けて……。


「……姫様。またお顔が残念なご様子に……」


「おだまり!」


と、とにかく、お通の忠告はありがたく受取り、わたしは兄上の待つそのお部屋に向かった。そして、大人となったその凛々しいお姿を見るや、もう少し眺めていたいという気持ちを押し殺して、大人の女性のように挨拶を申し上げた。


「この度は、元服の上、この清洲城の主となられたこと、お祝い申し上げます」


「ありがとう、莉々。元気だったかい?」


「はい!」


……いけない。条件反射で、今までのように子供っぽい返し方をしてしまった。


「それで、母上から聞いたけど、今日は話があるんだって?」


「はい。あの……兄上。わたしを抱いてくれませんか?」


「え……?」


覚悟を決めてそう告げた言葉に、兄上は戸惑われている御様子だった。


「抱いてって……昔のように抱きしめて『よしよし』って、頭をなでればいいのかな?」


「違います!男と女の……その、裸になってやることです……」


そう言いながら、自分でも恥ずかしくなって、次第に声は小さくなる。でも、伝えることはできた。そして……兄上の回答を待つ。


「莉々……。兄妹では結婚できないことは知っているよね?」


「はい……和尚様からもそう教わっています……」


「だったら、わかるよね?もう子供じゃないんだから、そんなことをしたらダメだっていうことを」


わかっている。わかりたくないけど……それは十分に。


「だけど、この気持ちに気づいた以上、もうどうしていいのかわからないのです!兄上……わたしじゃ、本当にダメなんでしょうか。飛鳥朝の時代なら、兄妹で結婚した例はあったはずです!それでも……やっぱり、ダメなのでしょうか?」


「飛鳥朝の時代か……。珍しくよく勉強しているねと、褒めてあげるべきか迷うけど……そこまで想ってくれているのなら、ボクも正直に秘密を打ち明けることにするよ」


「秘密?」


「実は……ボクは、母上の本当の子ではないんだ」


「え……?」


一瞬何を言われたのか、理解が追い付かない。それって、もしかして……本当は血のつながりがない他人だから、結婚できるってことかな?どうしよう……胸がバクバクするわ。


「何となく、何を考えているのかわかったから先に言うけど、父上の子ではあるから兄妹には違いないからね。要は、ボクは妾の子ということだ」


「妾の子……?」


それなら、腹違いの兄妹ということか。でも……本当は伯父上の子だったりしないかな?円寿丸のように伯母上が怖くて、父上の子ということにして押し付けて……。


それなら、結婚できるんだけどなぁ……って、あれ?その前に、母上の子でなければ、どうして斯波家を継げるのかしら?


「そう……莉々が今思ったように、ボクは斯波の血を引いていない。だからこそ、ここまで我が子と慈しんで育てて頂いた母上を裏切るようなことはしたくない。わかってくれ、莉々。ボクは君と結婚することはできないんだ」


そのお気持ちは、十分にわたしの心に伝わり、理解せざるを得なかった。つまり、兄上にはわたしと一緒になる気は全くないことを。


すると、同時に涙が頬を伝う。拭っても拭っても、止まることはなく……わたしは、物心がついた頃より抱いていた自分の初恋がここに終わったことを知り、部屋から逃げ出したのだった。



(第5章 室町編・完 ⇒ 第6章 石山編へ続く)

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