第307話 暗殺の達人は、勝つために暗殺を提案する

天正元年(1573年)8月中旬 備後国鞆の浦 宇喜多直家


だるい。何で、俺はこんな所に居なければならないんだ?


「毛利右馬頭。その方を副将軍に任ずる」


「ははぁ!ありがたき幸せにございます!」


目の前では今、毛利の坊ちゃんが将軍様から役職を与えられて喜んでいる。意味が分からない。亡命政権の副将軍って、そんなに有り難いものなのか?ああ、まどろっこしいから、皆暗殺してしまおうか。俺のお手製、毒キノコ入りの味噌汁でも馳走して……。


「宇喜多和泉守」


おっと、そんなことを考えていたら、出番が来たようだ。幕臣の三淵何とかに呼ばれて、俺は前へずいっと出て頭を下げる。


「そなたを備前国守護に任ずる。また、この鞆の浦に留まり、評定衆として上様をお支えするように」


くそ……やはり、そう来たか。まあ、俺が小早川でもそうするだろうから、仕方がないことだな。力がないということは、この戦国の世では罪ということだ。ただ、腹は立つが。


「皆の者、先程良き知らせが届いた!逆賊・織田信長が伊勢長島で一向一揆勢との戦いに大敗したそうだ!!」


「おお!それは三淵殿。まさしく吉報ですな!!」


「左衛門佐様!我らもこの機に上洛を!」


「そうだ。正義は我らにあるのです!恐れることは何もない!」


恐れることは何もないか……。こいつら、本当に馬鹿か?正義はあちらにもあるんだから、結局は強い方の正義が正義なのだ。それで、この亡命政権が織田に勝てる確率など、経済力や軍事力を考えたら全くないだろうに。


「毛利殿。皆もそう申しておる。この機に京を目指して、兵を進めてはどうか?四国の三好もその時は同調すると申しておったし……」


「そ、それは……」


情けない。毛利の坊ちゃん、答えられずに目を泳がせているよ。こんなのが副将軍?いっそのこと、厠で立小便しているところを鉄砲で撃ち殺してくれようか。その方がまだ勝ち目があるような……。


「上様。お気持ちは理解しますが、今はまだ時期早々と申し上げるしかございません。敵は強大。我が毛利に四国の三好、大坂の本願寺と一向一揆勢だけでは、織田方と戦った所で、最終的には敗北は必定」


「ならば、左衛門佐。どうすればよいのだ?」


「そうですねぇ……」


その辺りは、流石……小早川といったところだ。奴は、勝つための秘策として、関東の北条氏を味方にすることを義助公に勧める。北条が立てば、武田と上杉は動けなくなり、それだけで織田の力を減じることができると。


「だが、北条は味方になってくれるか?」


「条件として、関東での独立を認めましょう。北条は伊勢から姓を改めた氏綱公以来、そうなることを望んでいると聞きます。上様が将軍として公式な形でお認めになれば、心は揺れ動くはずです。そこを交渉して我が方に引き寄せるのです」


なるほど。確かに関東の北条が加われば、少しは勝算というのも出てくるかもしれない。だったら、ここは俺からも提案しておこうか。そうすれば、勝った時に美作と備中、さらに播磨の守護職と領地を貰えるかもしれん。


「畏れながら、発言してもよろしいでしょうか?」


「和泉守殿?」


おっと、そんなに恐ろしい目で睨まないでくれよ、左衛門佐殿。勝ち目が出てきた以上は、協力するのはやぶさかじゃないんだからさ。


「構わん。申せ」


「では、上様。お言葉に甘えて、献策申し上げます。戦とは、何も馬鹿正直に真正面から戦えばいいというわけではございません。そこで……」


俺は提案する。織田方の有力な将を暗殺してはどうかと。


「馬鹿な!和泉守殿は、武士の誇りを何と心得るか!」


「そうだ!左様な汚い手を使ってまで、天下を求めて何とする!」


汚い手を使って天下を求めてどうするか、ねぇ……。負けたら首になるというのに、何を呑気なことを。やっぱり、こいつらの勝ちはないか。だったら、この献策は……


「和泉守殿。それで、誰を暗殺すればよい?」


「左衛門佐!おまえ……」


「兄上。謀多きは勝ち少なきは負けると、父上も申されていたではありませんか。和泉守殿の提案は、誠に素晴らしきものだと、某は思いますが?」


ほう……流石は小早川だな。よくわかっていらっしゃる。


「但し、和泉守殿。あまり多くを殺しては、味方を敵に回す恐れもあります。殺るとしても、3人までとしましょう」


「だったら、織田信忠、柴田勝家……あとは、女だから少々気が引けるが、尼将軍と評判の東郷局……」


「なるほど。そして、そのうちの本命は最後に名を上げた東郷局だな?」


「はい。これまでの経緯を考えれば、織田家の躍進を影で支えているのはこの女かと。だったら、これ以上余計なことをされないためにも、この辺りで退場願おうかと……」


そして、確実を期すために俺は自らの畿内行きを申し出た。是非ともこれまで積み上げた熟練の技をもって事を為したいとして。しかし、これは流石に左衛門佐の許可は出なかったのだった……。

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