第305話 寧々さん、三つ子の魂百までと知る
天正元年(1573年)8月上旬 若狭国後瀬山城 寧々
わたしの目の前に今、富田弥六郎を大将とする兵3千が集結している。彼らはこれより、万福丸……もとい、忠元の援軍として尾張国清洲城へ向かうのだが……
「あれ?」
通り過ぎていく兵士たちの列に違和感を覚えて、わたしは慶次郎に訊ねる。あの背の低い兵士、どこかで見覚えないかと。
「そういえば……どこか、昔、虎哉和尚の学問所に忍び込んでいた時の莉々姫様に似ているような……?」
「そうよね。わたしもそう思っていたのよ。でも……莉々は今、部屋で琴の練習をしているはず。音色も聞こえていたし……」
「ですが、替え玉ということも……」
なるほど。確かにあの子ならばやりかねない。それゆえに、真偽を確かめるべく、通り過ぎていったあの兵士をこの場に連れて来るように慶次郎に命じた。そして……
「……莉々。あんた、なにやってんの?」
やはり、その兵士は見間違えではなく、どう見ても莉々であった。しかも、まずいと自分でも思っているのか、目を泳がせている。
「そ、それがしは、莉々姫様ではございません。ひ、人違いに……」
「そう。だったら、慶次郎。莉々は部屋にいるようだから、すぐにこの場に呼んできて。それで、もし……それが替え玉だったら、その場で首を刎ねて持ってきて」
「はっ!直ちに」
おそらくは、侍女の誰かが頼まれて身代わりになっているのだろうが、いくらどうしてもと命じられたとはいえ、主の身を危うくするような不心得者は、我が家には不要だ。すると、わたしの怒りを理解したのだろう。莉々はひれ伏して許しを請うてきた。
「ごめんなさい、母上!どうか、お通をお許しください!」
お通か……。前世でわたしに仕えていて悪い印象もなかったし、ゆくゆくは万藝に秀でた才女となるゆえ、莉々の良き友人になってもらおうと思って、美濃より破格の待遇で連れてきたのだが、もしかしたら見込み違いだったのかもしれない。
いや……違う。莉々がこのように必死で命乞いするということは、良き友人にはなっているということだろう。だったら、親としてはしばらく見守った方が良いのか?
ただ、それも……莉々にどうして兵士に紛れ込もうとしたのかを訊いてからだ。
「それで……なんで、こんな真似をしたの?」
「兄上が結婚されると聞いて……だけど、納得できなくて……それに、いくさに出られると聞いて不安で心配で……」
「つまり、それって兵士に紛れて、清洲に行こうとした……ってこと?」
「はい……」
そう告白して項垂れる莉々を見て、わたしは思わずため息を吐いた。三つ子の魂百までとはいうが、和尚の学問所に紛れ込んだ頃とこの子の本質は変わっていないのだと気づかされる。ホント、兄上大好きが拗れて本当に恋をしてしまうとは……。
「お願いです、母上!兄上に会わせてください!」
「莉々……」
ならば、ここで叱って止めても、今度はもっと手の込んだ別の方法で尾張に行こうとするだろう。もし、わたしだったら、きっとそうするはずだから。
「おまえ様……」
「なんだ、寧々。もしかして、おまえも行くというのではないだろうな?」
「はい。その通りでございますわ」
どういう結末になるのかはわからないが、こうなったら莉々をわたしの管理下で忠元に会わせた方がよいだろう。だから、政元様には悪いが、この援軍と共にわたしも出立しようと思い、その決意を伝えた。
「まあ……止めても聞かないのは、莉々と同じだから仕方ないか……」
「おまえ様?」
「よかろう。好きにするが良い」
苦笑いを浮かべながら、政元様はそう告げてわたしに許可を下さった。数日前に届いた知らせでは、忠元も半兵衛と共に京を出発しており、このあと岐阜で信長様に拝謁して正式に清洲城主に任命されるという。
それならば、きっと初陣に間に合うはずだ。元服には立ち会えなかったので、せめてそれだけでも見届けたいものだ。
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