第304話 寧々さん、まさかの事後報告にキレる

天正元年(1573年)7月下旬 若狭国後瀬山城 寧々


京に滞在する半兵衛より書状が届いた。何でも、来年早々に執り行ってもらうようにと、信長様にお願いしていた万福丸の元服がすでに執り行われたらしい。


「は?なんで……?」


書状には、尾張で水野下野守が謀反を起こして、長島の一向衆が呼応するように一向一揆を起こしたから、清洲が手薄となるため万福丸の入府を急がした結果と記されていると政元様が話されたが……当然だが、そのような勝手なことをされて、納得ができるはずもない。


「ちょ、ちょっと、寧々よ。そのように鉄砲を持ち出してどこに行く気だ?」


「決まっているでしょ!岐阜に行って、上様にちょっとお話して来るのよ!」


「話し合いに鉄砲は必要ないと思うぞ。慶次郎、止めよ」


「御意」


別に本気で暗殺しようとしたわけではなかったのだが、わたしはかくして慶次郎によって取り押さえられて、政元様の前に座らされた。「まずは落ち着かれなさいませ」と言われて。


「……そなたの猪突猛進っぷりを見ていると、莉々の行く末が本当に不安になるな……」


「おまえ様?」


「いや、何でもない……」


何か聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするが、今はそれどころではないので一先ず置くことにした。すると、慶次郎が書状を持つ政元様に訊ねる。


「ところで、半兵衛が居てどうしてそのようなことになったのでしょうか?」


「書状によれば、前倒しはやむを得ないものの、初めは我らを京に呼んで、来月の中頃辺りに執り行うという話だったらしい。……が、その後の状勢が思った以上に悪かったようだ。まだ秘匿されている情報のようだが、上様は長島で手痛い敗北を喫したと」


「敗北?長島の一揆勢に負けたというのですか!?」


この場にいた樋口三郎兵衛が驚いたように声を上げた。だが、政元様は書状の続きを読み上げて、救援が間に合わずにご舎弟彦七郎様が御自害、戦闘の過程で氏家卜全殿が討ち死にされたと続けた。


「なるほど……それで、半兵衛も流石に若の元服を認めざるを得なかったというわけですか?」


「どうやらそのようだ、慶次郎。何しろ、婚約している彩姫様は清洲に居るのだから、これを救援せずにいれば、万福丸の名に傷がつくというのが決断の理由だと記されている。だから、寧々。仕方がないと諦めるしかなさそうだ……」


政元様はそう言われて、書状をわたしに手渡してきた。開けてみると、その先には半兵衛が力不足を謝罪する言葉が綴られていた。それを見て珍しいことがあるものだと思いつつ……そのさらに先にある名前に目が留まった。


「斯波左兵衛佐忠元……」


『忠』は信忠様の片諱で、『元』は政元様から取ったのであろうと理解する。さらに、『左兵衛佐』は従五位下の正式な官位で、織田家としては急な事ではあったものの、わたしたちへの誠意は示しているように思えた。


「では……寧々様の機嫌も少しは治ったということで、殿。予てからの予定通り、清洲にこちらからも人を送る手筈を進める頃合いかと」


「そうだな。樋口の言うとおりだ。特に今は非常時。援軍という形で、少し上乗せして派遣したい」


そして、政元様は清洲に派遣する家臣たちの名を口にする。西村喜太郎、武田孫八郎、武藤喜兵衛……これに、富田弥六郎と付け加えて。


「弥六郎を向かわせるのですか?」


「この若狭は平和だからな。暇で暇で退屈らしいから、丁度良いだろう」


「はあ……」


その答えに何だかちょっぴり妙な気持ちになる。平和を楽しめないとは、やはり狂犬だということだろう。


ただ、一方で頼もしくも感じる。合わせてこの若狭からは援軍として3千の兵を派遣するとかで、これに半兵衛が合流して知恵を出せば、水野だろうが一向一揆だろうが、きっと何とかなるだろう。そんな確信のような気持ちが湧いてくるのだった。

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