第303話 信長様は、万福丸の元服を差配するも……

天正元年(1573年)7月上旬 美濃国岐阜城 織田信長


昨日、若狭にいる寧々から書状が届いた。何でも、万福丸の元服と彩との婚礼を来年早々に行いたいらしい。


無論、それは俺にとっても望むところであった。承諾する旨を書状に認めて、これを送ることと、杉原助左衛門の倅をこの場に呼ぶよう仙千代に命じた。先妻の息子ということで、寧々とは血は繋がっていないが、父親は清洲なのでその代理ということだ。


「杉原孫兵衛にございます。お召しにより参上いたしました」


そして、その倅は今、この城で兵糧米の管理をする仕事に就いているため、比較的早く俺の前に姿を現した。この者は、以前帰蝶の侍女であった阿古を妻にしているため、俺も幾度か顔を合わせたことがあるなど、知らぬ仲ではなかった。


だから、単刀直入に寧々からの申し出の事と合わせて、用件を伝える。杉原助左衛門には、清洲に入城する万福丸の付け家老とするとともに、入府の準備を遺漏なく整えるようにと。


「委細、承りました。早速、父にその旨を伝えるようにいたします」


「頼んだぞ。それと、そなたも清洲に向かうとよい。いくら万福丸が神童とはいえ、親兄弟から離れて暮らすことになるのだ。伯父として手助けしてもらえると助かる」


「そのことも承知いたしました。今担当している仕事を引き継ぎ次第、清洲に向かうことといたします」


これで話が終わり、杉原の倅は部屋から出て行った。これで一先ずは受け入れる準備は大丈夫だろう。次は、元服をどうするかだが……。


「この岐阜で俺が烏帽子親となって行うか、それとも京で信忠が烏帽子親となって行うかだが……」


京にいる村井からの報告書では、滞在している万福丸に信忠が何かと頼みにしているようで、「いずれ管領にしたい」と内々では零しているとか。


それは決して悪い話ではない。俺もそうなってほしいと願って、信忠には何かと目を掛けるようにと申し渡しているのだ。ただ、そう思うと信忠が烏帽子親となる方が良いように思えてくる。合わせて朝廷から官位も貰って……


「名乗りは、斯波左兵衛佐信元。そう名乗らせようか……」


『元』の字は、養父である浅井右中将の諱から貰い、その頭に信忠の『信』の字を与える。うむ、悪くないなと我ながら思う。そうだ。表向きは信忠から与えたことにしておいて、実はその『信』は俺の字だった……という話にしても面白いかもしれない。


しかし……そんなことを考えていたら、廊下の外から足音が近づいてくるのが聞こえた。姿を現したのは、三左の倅である傅兵衛だ。


「上様!沓掛の簗田殿より書状が届き……水野下野守信元、謀反と!」


「なに?」


水野下野守は、尾張国知多郡と三河国碧海郡を領地とする大名だ。正直な話、あまりにも目立たないので忘れていたが、それでも12万石を有しているため、侮ってよい存在ではない。


そして、その水野と連携して、伊勢長島の願証寺が一向一揆を起こしたとも、簗田からの書状には記されてあった。


「傅兵衛。まずは至急、浜松の家康の下へ使者を出せ。水野を成敗せよと。さすれば、水野領のうち、碧海郡の領地はくれてやると」


「承知いたしました」


「あと、陣ぶれを出せ。加えて滝川と信包にも使者を。俺自ら出陣するので、長島攻めに加われと。それと、京の半兵衛にも……」


「竹中殿にもですか?しかし、彼のお方は浅井家の御家臣。頭越しに出陣の命をお下しになるのは……」


「出陣の要請ではない。今、清洲は杉原を城代に置いているが、手薄な状態だ。それゆえに、前倒しにはなるが、万福丸の元服を急ぎ執り行い、そのまま入府してもらいたいのだ。そのことを伝えてくれ」


「畏まりました。ならば、早速そのように取り計らいます」


指示を出し終えたとみて、傅兵衛が下がっていく。徳川が水野領に攻め込めば、下野守も清洲を狙って北上したりはしないと思うが、非常時だ。念には念を入れておく方がいいだろう。


それにしても『信元』か。うむ、ケチがついてしまったな。しかし、時間がないのでそのあたりは信忠に丸投げしよう。きっと、半兵衛と相談して、万福丸に良き名を授けるであろう。

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