第298話 信長様は、京の防衛を考える

天正元年(1573年)6月上旬 京・二条御所 織田信長


信忠が来るのを待ちながら思案している最中、不意に部屋の外から女たちの笑い声が聞こえた。今日は帰蝶が市と寧々を招いていると聞いているが、どうやらそれ以上に人を集めているようだ。時折、前田の松や藤吉郎の所の菜々の声も聞こえる。


ただ……今の俺には、そのようなことに関わっている暇はない。誕生したばかりのこの『織田幕府』の舵取りを誤らないために、やらなければならないことは山積みなのだ。


「お待たせいたしました、父上」


そして、そうこうしているうちに、信忠は姿を現した。だから、早速用件を伝える。京での用事が済んだので、俺は3日後に出立して岐阜に帰ると。


「父上!?」


「狼狽えるな、信忠。これは熟慮して出した結論だ」


仮の話であるが、俺と信忠が共にいる今、どこぞの誰ぞの軍勢に襲撃されて共に討ち死にするようなことになれば、きっと織田の天下は呆気なく崩れ去るだろう。何しろ、他の子はまだ幼く、加えて言えば器量も乏しいのだから。


また、この京は、源平合戦の頃より守りに適した場所ではなく、これまで多くの名だたる武将が防衛に失敗している。近い所では義輝公、義昭公の居所が三好の軍勢に襲撃もされるといったことも。


だから、ここに二人揃っている時点で、非常に危ういことになっているのだ。


「……それで、ご自分だけ安全な場所にお逃げになると?」


「あほう!流石に将軍になったばかりのおまえを動かすわけにはいかぬから、俺が岐阜に行くのだ。朝廷との付き合いもあろう?」


「そうでした。申し訳ございません……」


そうは言いつつも、信忠は明らかに疑いの目を向けている。ゆえに、少し安心させるように京の防衛体制についても説明する。


「京には、奉行として村井民部少輔を残す。また、槙島城に権六、山崎城に藤吉郎を入れて、京の防衛に当たらせる」


「藤吉郎は兎も角として、権六はよろしいので?武田の真理姫と結婚したばかりというのに離ればなれにしてしまうのは……」


「共に槙島城に入ればいいだろう。それに真理姫はそなたの妻・松姫の姉ゆえ、何かと心強いのではないか?」


そう言いながら今気がついたのだが、権六の奴、しれっと将軍の義兄になっている。これは意外と今後の事を考えたら、良き事なのかもしれない。信忠にとって、きっと頼りになる後ろ盾になるはずだ。


「また、京を平穏ならしめるために、何かと目障りな丹波には細川兵部をもって当てるつもりだ。平定すれば、そのままくれてやることを条件とすればきっと、計算高いあの男ならば励むであろう。それに……」


「それに?」


「先程も申した通り、京は守りにくい。よって、京の南に位置する伏見に将軍の居城となる城を築く。そちらは、佐久間と徳川にやらせるつもりだ」


佐久間は徳川へ使いに出した際に、国替えの事を逆恨みして寧々の事を悪く竹千代に伝えたと忍びから報告があった。本来であれば、打ち首にして家は改易とするところだが、原因となった国替え自体が今にして思えば酷な話だったと思い直したので、機会を与えることにしたのだ。


無論、これでいよいよ使えないのであれば、今度こそ容赦はしないつもりだ。


「ですが、父上。佐久間は我が織田にとって譜代の家臣故わかりますが、徳川は臣従したばかりの外様。そのような者を重要な築城に関わらせて問題はございませんか?」


「それはそなたが徳川に裏切られるような真似をせねば良いことだ。どうだ?これで緊張感をもって将軍職を務めようという気になったであろう?」


「それは……」


信忠が何とも言えないような顔をして戸惑っているが、俺は決して冗談でそのようなことを言ったつもりではない。だから、その上で竹千代の倅である信康と仲良くするように釘を刺した。義兄弟なのだからと。

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