第286話 信長様は、天下の構想を練る

元亀4年(1573年)3月上旬 京・本能寺 織田信長


信玄公から今日、嬉しい知らせが届いた。松姫を将軍家の養女として、それから勘九郎に嫁がせることを義昭公は了承したらしい。加えて、その折に先日の話で出た駿河国志太郡3万石を朝廷に献上する話も承知したとも聞いた。


これであとは、寧々が義昭公に将軍職を禅譲するように説得することだけだ。なお、婚礼は4月20日に決まった。


「しかし、寧々の説得が失敗しても、勘九郎が将軍となることには変わらないのでしょう?」


「ああ、そうだな……」


帰蝶の言葉通り、寧々が成功しようが失敗しようが、その結果は変わらない。だが、なるべくならば、我が子の門出なのだ。血に染まった物にはしたくないという想いがあった。それゆえに、俺は寧々の説得がうまく行くことを心より願っている。


「さて……」


ただ、今の俺には、そんなに余裕があるわけではない。気持ちを切り替えて、改めて目の前の地図に視線を向けて考えるのは、新政権の体制をどのようにするのかということだった。


「武田、上杉、浅井……この3家には、少なくとも天下を統一し、幕府の政権運営が軌道に乗るまでは、特別な配慮をせねばなるまいな。無論、実権を与えたりはしないが……」


いずれも100万石に近い領地を保有する大大名だ。戦をして勝てないわけではないが、足利幕府の時と同じように、露骨に潰していけば、いずれ織田家は他の諸大名から信用を失い、 何かの拍子に滅亡への坂道を下り始めるかもしれない。その処遇は慎重に考えなければならなかった。


「副将軍か、大老・・・・・・ですか」


「表向きは、将軍に不測の事態があって、政務が執れなくなった時にのみ、合議で職務を代行する役目としたい。さて、どちらがよいか……」


目の前には、この二つの役職を書いた小さな紙を置いている。呼び方など何でもいいような気もしないわけではないが、後で変更することは容易ではないため、どうしても最初にきちんとしておかないとと考えてしまう。


「ですが、お屋形様。貰って喜ぶのは、副将軍ではないでしょうか。そちらの方が偉そうですし……」


「そうだな。帰蝶の言うとおりだ。よし、武田、上杉、浅井は副将軍とし、御三家として幕府の中で敬われる家とすることにしよう。実権はないがな……」


そうして、この3家の処遇については決まったので、目の前の地図にそう書き込んだ、すると、帰蝶は何か迷ったような顔をして、俺に訊いてきた。「徳川は、結局どうされるのですか?」と。


「徳川は、この機会に我が家臣にしようと思う。先の3家と比べれば力がないし、竹千代に変な野心を持たれても困るゆえな」


武田にちょっかいを出せば、あの様子だと寧々はきっと容赦なく竹千代の敵に回るだろう。その影響力を考えれば、そうなって哀れな末路を辿るよりかは、諦めた方が絶対にいいと思う。幼馴染としての情があるゆえ、そんな結末を見たいとは思わなかった。


「三郎殿を引き立てられると耳にしたのですが……」


「いずれは、そうなるかもしれん。徳川の三郎、蒲生の忠三郎、斯波の万福丸、前田の犬千代……これら勘九郎の義兄弟で、勘九郎の治世を支えてくれるのであれば、俺としてはいうことはない。その折は、自然とその実力にふさわしき役職を与えられるだろう」


そう……但し、三郎が活躍して、その結果、徳川が飛躍するというのであれば、話は別だ。そのときは、その実力に応じた処遇を与えたいと思う。


「ところで……」


「なんだ?」


「お屋形様は、どのような立ち位置に?」


「俺か……俺は、相国になろうと思う」


「相国?……それって、太政大臣ですか!?」


帰蝶が驚くのも無理はない。太政大臣は、臣下の頂点に位置する官位だ。これから交渉はするが、授かることができるかはまだわからない。


ただ、将軍の父などではなく、俺は天下人だ。それを誰の目にもわかるようにするために、その官位を望むことにするのだった。

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