第284話 寧々さん、腹黒狸を封じ込める策を考える(前編)

元亀4年(1573年)2月下旬 京・本能寺 寧々


「なるほど……信玄公の懸念は尤もだな。確かに竹千代ならば、何かしらやりかねん。あやつの狡猾さは、幼き頃からよく見ておるからな」


半兵衛からの相談に対して、信長様はそのようにお答えになられた。そうなのだ。あの腹黒狸は、律義者の振りをしてかなりあくどいことを平気でするのだ。かくいう前世で思いっきり『騙された』わたしが言うのだから間違いない。


「しかし、俺が竹千代の味方をしないと言っても、何の保証にはならぬであろうな?」


「はい。しかも、信玄公の余命は幾ばくも無い御様子なので、些か焦っておいでです。軽々しく扱えば、新政権の船出に支障が出ることも無きにしも非ずかと……」


「であるか……それは困るな……」


戦になって織田が武田に敗れることはほぼない。今の織田家は大坂の本願寺を除いて、畿内は完全に押さえているのだ。経済力、軍事力で大きく水を開けているのは間違いなく、不満を感じて武田が抗ったとしても、最終的には前世と同じ結果となるのは想像に容易い。


しかし、織田幕府の船出を安定したものにするためには、源氏の名門である武田と関東管領を長年務めた上杉の支持が不可欠だというのが信長様と半兵衛の共通認識だ。何より、この構想は関白殿下を通じて主上にもすでにご説明しているので、今更無しにするわけにはいかなかった。


ただ……難しいお話をされているのにあれだが、わたしは一介の主婦だ。まあ、自分には関係ないだろうなと思って、話を聞いている。ああ、金平糖……おいしい♪


「おや?寧々様。何を他人事のようなお顔をされていますので?」


「そうだぞ、寧々。話をよく聞いておかないと、困るのはおまえなんだぞ?」


「へ?」


一体何のことを言っているのかと思っていると、どのような構想を立てたとしても、全てが丸く収まるはずがなく、不満を抱く者たちを納得させるのがわたしの役割だと信長様は突然言ってきた。


「なんでですか!わたしは、ただの主婦ですよ!?そんなことができるはずが……」


「何を言う、寧々。そなたは、『主上のお心』だ。その役割を果たしてくれたらそれでよいのだ。随分とこれまでその権威を利用してきたのだから、それくらい容易いであろう?国友村の事では、三左を脅したらしいしな……」


つまり、わたしに悪者になれということなのだろう。くそ……国友村の一件を今頃持ち出してくるとは……。


「それで、何をどうされるのですか?結論を聞かなければ、『主上のお心』としてのお役目も果たせないと思いますが?」


「だから、それを今話し合っているではないか。他人事みたいにバリボリと遠慮なく金平糖を食べているから、俺は申しただけだ!」


なるほど……要は、ご自分が我慢されている金平糖をわたしが美味しそうに食べているのが気に食わないということか……。


「ちがうわ!」


間髪入れずに信長様から突っ込みが入ったが、絶対に違わないだろうとわたしは思った。だって、そうは言いながらも、その視線はわたしの顔ではなく、ひざ元にある金平糖に釘付けだもん!


「こほん!……お二人とも、先に進めてよろしいでしょうか?」


だが、こうして一人弾かれた半兵衛が話題を再び新政権のお話に戻して、再び信長様もわたしもどうすればよいのかと考える。


(信玄公の懸念は御尤もだけど……何を決めてもあの狸はなんとかしそうなのよね)


晩年の藤吉郎殿が佐吉とで考えた五大老五奉行制も、結局骨抜きにされて意味はなさなかったし、江戸という僻地に転封させて、軍資金を吐き出させようとしても何とかしたし、何よりも長寿というのが憎たらしい。わたしお手製の『鯛の天ぷら』でも送ってやろうかしら?


だから、結論。わたしには妙案など浮かばない。今の小さいうちに潰しておくなら別だが、それは流石に信長様もお許しにならないだろうし……。

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