第282話 慶次郎は、前世の親友と知己を得る
元亀4年(1573年)2月下旬 京・東寺 前田慶次郎
寧々様がお酒を正しく飲む練習をされている間、護衛としてお供した以上は、こうして控室にて時間をお戻りになるのを待つしかない。但し、内容が内容だけに、朝まで帰ってくることはないから、この部屋には上杉家の配慮にて食事や酒も運び込まれてくる。
そして、それを楽しみながら、某もこの部屋で朝まで時間を潰している。
なお……寧々様がお酒をこうしてこの上杉家の陣所で飲んでいることは、当然半兵衛も知っている。曰く、「この機会に、正しい飲み方を身につけて、これ以上お家の恥になるような真似をしないようにしてもらいたい」というのが本音らしい。
つまり、全部半兵衛の掌の上ということだ。それを寧々様が知っているかどうかはわからないが。
「あの……また相談なのですが、よろしいでしょうか?」
だが、そんなことを考えながら、夕餉を酒と共に食べていると、不意に外からそのようにお伺いを立てる声が聞こえた。
「おお、与六君か。いいぞ、入りなさい」
「はい、お邪魔します」
何度も寧々様のお供で、上杉家の宿所となっているこの寺に足を運んでいるので、自然と何人もの御家臣たちと顔見知りとなった。その筆頭が、謙信公の小姓を勤められているこの樋口与六君だ。何だかわからないが、年の差関係なく、妙に気が合う予感がしている。
「それで、今日も女の相談か?」
「は、はい!是非にも相談に乗って頂きたく……」
この与六君は、まだ元服もしていないというのに、一丁前にも謙信公の近習であるお船殿を好いているとかで、何とか好かれる方法を相談にやって来る。前回は、ならず者たちをやっつけて、頼りになる所を見せる作戦を立てたが、あっさり返り討ちになっていたら意味がない。
「まさか、あれだけ威勢の良いことを言っていたのに、弱かったとはな……」
「……その点については、誠に申し訳なく……」
「まあ……俺に謝られてもねぇ……」
与六君の話だと、お船殿は強い男の人がどうやら好きだということなので、此間の失態は大きな失点となっていることだろう。
しかし、だからといってこの子は諦めるつもりはないようだ。それならば、惚れてもらえるようにするには、体を鍛えるしかないだろう。そのために、この俺が直接、鍛錬の面倒を見てやるのもやぶさかではない。
「どうだ。暇だから、そこの庭で稽古をつけてやろうか?」
「よろしいのですか?」
きっと、この子は今、俺の目の前に置かれている膳を見て、酒に酔っているとでも思ったのだろう。なるほど、武芸はからっきしダメなのに、洞察力はよさそうだ。きっと頭も悪くはないのだろう。
「さあ、構えて」
「はい!」
(ふむ、型は悪くはなさそうだ)
ならば、足りないのは筋肉量と戦いにおける知恵だ。筋肉については、毎日腕立て伏せなどやりながら鍛えるそうだが、知恵になるとこの俺が教えてやるしかない。挑んでくる与六君を何度も何度も、小ズルい方法で追い詰めていく。
「どうした!前のように卑怯とかはもう言わないのか!」
「卑怯、汚いは敗者の戯言……そうでしょ?」
「その通りだ。だから、戦う以上は絶対に勝たなければならない!」
大人げないかもしれないが、剣先で砂を飛ばして、視界を遮った上でその喉元に木刀を突きつける。これで、5度目の勝利だ。しかし、それでも与六君は立ち上がり、再び挑んでくる。
「その心意気は良いぞ!さあ、来い!」
だから、段々こちらとしても楽しくなってくる。そんなに簡単に強くなどなりはしないが、これも日々の精進がいずれ実を結ぶだろう。何しろまだ14歳なのだ。焦る必要はない。
与六君の人生も恋も、まだまだこれからなのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます