第276話 寧々さん、終の棲家だった場所で……

元亀4年(1573年)2月中旬 京・雲居寺 寧々


慶次郎が半兵衛について行ったので、わたしは丁度良いと思って、前世で終の棲家となった東山の高台院ができる場所を訪れた。護衛など連れずに一人で。


「まあ……バレたら確実に説教されるだろうけど、その時はその時よ……」


半兵衛のお説教は恐ろしいけれども、今は一人で懐かしい景色を見ながら、ゆっくりと考えをまとめたかったのだ。尤も、懐かしいと言っても、ここには何十年も昔に火事で焼かれた荒れ寺がわずかに残っているだけで、わたしが愛した庭も屋敷も何もないが……。


「さて……義昭公をどうやって説得するかよね。早く何かいい方法を見つけないと、きっと半兵衛の事だから、そんなに時間はないはずだわ……」


どういう時間的な予定で事を進めるのかまでは聞いていないが、精々長くても2か月以内に禅譲まで話を進めるはずだとわたしは見ている。何しろ、その時期を過ぎれば、信玄公の寿命が尽きる可能性があり、その事を半兵衛は知っているからだ。


喪に服せば当然だが、祝言は延期とならざるを得ない。


「だけど……本当にお亡くなりになるのかしら?」


その信玄公の御様子だが、最後にお会いしてから特段変わった様子はないらしい。それは信長様に聞いた話であるが、信玄公が滞在されている本国寺にお稲殿が治療のために留まり続けているので、もしかしたら薬の効果によって、もう少し生きることができるのかもしれない。


だが……そんなことを思いながら、何となくこの場所から見える景色を眺めていると……


「だ、誰かぁ!助けて!!」


そんな声が聞こえてきて、わたしは駆け出した。そして、しばらくすると……ひとりの少年が倒れている傍で、見覚えのある女の子がド派手な格好をしたならず者に襲われそうになっているのが見えた。


「ちょっと、そこの人たち!なにをやっているのよ!!」


「ああん?」


真っ赤な着流しの着物に首にかける特大の念珠、さらにトラ柄の陣羽織を身に着けたその男は、慶次郎の真似でもしているのか。そう思うと、つい吹き出してしまいそうになるが……


「おい、姉ちゃん!今、笑っただろう!」


……と、自分でも笑われる格好をしているとは思っているのだろう。正確にはまだ表に出して笑っていないというのに、わたしの元に手下どもを引き連れてズカズカとやってきた。


そして、お決まりかもしれないが、不届きなことにこいつらは、わたしの顔と体を嘗め回すかのようにジロジロと見た。はっきり言って、キモチワルイ。


「……先に言っておくけど、不愉快だからどこかに消えてくれない?じゃないと……潰すわよ?」


何を潰すとは敢えて言わない。それに、そもそもこれで通じる相手なら、わたしを襲ったりはしないだろう。だから、警告に従わず、わたしの体を不届きにも触ろうとした瞬間、容赦することなく刀を抜き、その峰で思いっきり股間を打ち据えた。


「ぐふあ!」


「兄貴!」


一撃でその場に崩れ落ちたこの男の様子に、背後にいた子分たちは慌てているが、わたしは容赦することなく連中もまとめて、同じ場所を打ち据えてやることにした。そして、全員倒したところでもう一度大将格の男の元に行って、その股間にあるモノを思いっきり踏みつけてやった。


「ぎゃああああ!!!!!」


わたしは男ではないので、その痛みは共感できない。しかし、悲鳴を上げて、その後「もう二度とこのような悪さはしないので……」と許しを乞うてきたので、きっと途轍もなく痛いのだろうなとは思った。


そして、あとは思いっきりケツを蹴り飛ばして、連中をこの場から追い出した。本当なら、新選組に突き出しても良かったのだが……わたしはわたしで、暇ではない。


「お船殿……それに、その子は……」


「与六です。未来のわたしの旦那様と聞いて、二人で今日はお出かけしたのですが……」


その与六は、先程の連中を相手に一発で倒されてしまって、「これでは先が思いやられますね」とお船殿の不評を買っていた。だが、その一言でわたしは顔をひきつらせた。なぜ、樋口与六……のちの直江山城守が旦那になると知っているのか。その原因に思い当って。

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