第275話 今孔明は、禅譲に向けた策を進める

元亀4年(1573年)2月中旬 京・不動堂村 竹中半兵衛


ここは、京の町から少し南西に離れた鄙びた村。密会にはもってこいの場所で、例に漏れずそのために待ち合わせの場所に向かって歩いていると、護衛のために連れてきた慶次郎が不意に声をかけてきた。「おまえも人が悪いな」と言いながら。


だから、いきなり何だと返してみると……


「だって、散々寧々様を脅しておいて、裏で周暠様に頼んだのだろ?義昭公を説得するようにと」


そのようなたわいもない話をしてきたので、俺は笑った。「ああ、そんなことか」と言いながら。


「しかし、どこでそれを知った?おまえには教えていなかったと思うが……」


「友なのだからそれ位わかるさ……と言えたら格好がいいのだが、実は昨日相国寺から僧が来たと小耳に挟んでな。それで、何かあると思って直接、周暠様に聞きに行ったのさ。何を頼まれたのかと……」


なるほど。幕府の連中にはバレないように用心していたつもりだったが、身内にまでは左程警戒していなかったなと、今更ながら反省した。


「ちなみに、この事は寧々様には?」


「まだ言ってはいない。おまえに何か考えがあるのだろうと思ってな」


「ふっ……正解だ」


その辺りは、流石は慶次郎だ。もし、寧々様が知ってしまわれたら、きっとお気持ちが緩まれて、義昭公の説得にも悪い影響が出ていただろう。何しろ、周暠様の説得でお心は揺らいでいるかもしれないが、それでも寧々様の心の籠った説得がなければ、確実とは言えないのだから。


「兎に角、この事はおまえの胸の内に仕舞っておいてくれ。その方が寧々様のお為になることは約束する」


「承知した。おまえがそう言うのならば、信じることにしよう。……おっ!どうやら来たぞ」


慶次郎がそう告げるのと同時に足音が聞こえてきて、俺はその方向に視線を向けた。そこには、新選組の局長となった明智十兵衛と……おそらくは、側近か護衛なのだろう。見知らぬ侍が一人供をしているのが窺えた。但し、あちらもお忍びなので、最近評判の浅葱色の羽織は纏っていない。


「ご無沙汰しております、半兵衛殿」


「密会ですので、挨拶は手短に。それでそちらは?」


「新選組で副長を拝命しております、斎藤内蔵助と申します。お見知りおきを」


斎藤内蔵助か……。確か、稲葉殿の婿で2、3年前に突然、「俺は都で一旗揚げて見せる!」と言い出して飛び出したと聞いたことがある。なるほど、こちらで本当に一旗揚げたということか。


「それで、ご用件とは……?」


「これを」


「これは……」


今、懐から取り出して十兵衛に渡した書状は、三淵大和守が阿波にいる足利義助に宛てたもので、「速やかに安芸へご動座されて、毛利殿と共に京へ上洛されたし」と記されていた。「成し遂げた暁には、自分と摂津が義昭公を弑して、16代様として御所にお迎えする」とも。


「畏れながら……これは偽書ですね?」


だが、十兵衛は騙されてはくれない。細川兵部殿から、兄である三淵から受け取った書状を預かって、この手の専門家に用意してもらったこの偽書を偽物だとあっさり見抜いたのだ。


ただ……だからといって、十兵衛もそれ以上は言い立てたりしない。そもそも、彼の主である主上や関白殿下が足利幕府の終焉を望んでいるのだ。今、そう言ったのは、あくまで仕事を進める上での確認ということだろう。


「それで、そちらはいつ動かれるか?」


「恵瓊という毛利に仕える僧が三日後の夜、摂津の屋敷を訪れるそうです。おそらくは、織田様の右大将就任を聞いて、毛利としても情報が欲しくて接触しようとしているのでしょうが……三淵も来るようなので、ここを狙います」


「ほう……」


十兵衛からそう話を聞いて、俺は口角を上げた。元々、この陰謀には毛利を巻き込むつもりだったので、恵瓊という僧の存在は、毛利を新政権の謀反人とするための格好の生贄となるだろう。飛んで火にいる夏の虫とはよく言ったものだ。まだ夏ではないけど……。

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