寧々さん、藤吉郎を振る!~苦労して日本一の夫婦となり、死んだら過去に戻りました。もう栄耀栄華はいりませんので、浮気三昧の夫とは他人になります~
第273話 寧々さん、義昭公の命運が尽きていることを悟る
第273話 寧々さん、義昭公の命運が尽きていることを悟る
元亀4年(1573年)2月上旬 京・本能寺 寧々
「それで、具体的には、一体何をどうするつもりなの?」
「政権の禅譲です」
「政権の禅譲?……それって、義昭公に政権を織田家へ譲らせるってこと!?」
本来であれば、途轍もなく大それた企みのはずなのだが、淡々とその言葉を口にした半兵衛は頷き、わたしの言葉を肯定した。唐土の国ではよくある話らしいが、この日の本では聞いたことがない。
「だが、半兵衛。政権の禅譲がどうして三好孫六郎を救うのだ?」
「足利家の幕府が平和裏に消滅すれば、三好の価値は無きに等しくなるだろう。そうなれば、自然と厄介ごとから解放されるというわけだ」
「なるほど……」
慶次郎も感心して唸っているが、確かにそれが実現できれば、松永様の悩みは解決できるだろうとわたしも思う。だが……
「でも、半兵衛。どうやって、義昭公に政権を譲らせるのかしら。織田家には、足利の血は入っていないわよ?」
「無論、そのための策は用意してありますよ」
そのあたりは、流石は半兵衛と言ったところだ。わたしの疑問に歯切れよくそう答えて、説明を始めた。
「まず、朝廷にお願いして、弾正忠様の位階をすぐに従三位に引き上げていただき、同時に参議、更に来月早々には、右大将を兼任されるように手配せします」
「従三位……それに右大将って、いいの!?そんなことしたら……」
右大将は源頼朝公が就かれた官職であり、歴代の将軍が就くというのが習わしである。そのため、その官職に義昭公ではなく、信長様が就くようなことになれば、きっと幕府は激怒して、平和的な話し合いをする雰囲気ではなくなると思うのだが……
「ですが……一方でこうも考えると思います。朝廷はいよいよ弾正忠様に大政を委ねるおつもりだと。何しろ、先日の大老会議のご破算は、幕府の面目を大いに潰すだけでなく、端から見たら織田信長公こそが天下の第一人者であると知らしめたわけですからね……」
そして、そういう焦りを生んだ状況に付け込んで、半兵衛はある提案を信玄公から願い出てもらうという。
すなわち、織田家との縁組に際し、ご息女松姫様を義昭公の養女とした上で、織田家の勘九郎様に嫁がせるようにと。
「さすれば、勘九郎様は義昭公の婿。将軍家と織田家が結びつくことで、幕府の権威を回復させる……まあ、表向きはそう言っておけば、人を疑うことに慣れていない義昭公なら飛びつくでしょう」
「それで……本当の目的は?」
「その縁組をもって、勘九郎様が足利の幕府を継承する根拠とします」
そして、そのまま婚礼の場において、義昭公を説得し、将軍職を婿である勘九郎様に譲らせるというのが半兵衛のたくらみだ。
「だが、そんなに事が上手く行くのか?縁組も含めて、三淵や摂津は納得しないと思うが……」
「そのため……まずはこの二人を排除します」
「排除!?」
慶次郎も驚いてはいるが、ホント……今、半兵衛はとっても悪い顔をしている。さらに言うと、その悪い口から語られる策略は、地獄行きが相応しい悪辣な物だった。
「ホント……鬼ね……」
できれば、お稲殿の努力が実り、薬が完成して長生きしてもらいたいが、たぶん寿命が延びても碌な死に方はしないだろうなと思った。そう……いつもわたしを苛めるのだから、確実に地獄で閻魔様が手招きをしているはずだ。
「寧々様?」
「ああ、ごめんなさい。……それで、その二人を排除して、義昭公を騙して、それからどうやって禅譲するように説得するのかしら?わかっているとは思うけど、義昭公がそんなに簡単に頷くとは思えないんだけど……」
「そこで、寧々様の出番です」
「え……?わたしの出番って……」
それから半兵衛が言うには、孤独となった義昭公を『心の母親』として説得し、勘九郎様に将軍職を譲るように持って行くのがわたしの役割だという。
「無理よ!いくら何でも、そんなことができるわけないでしょ!」
「その辺りは御心配なく。……できなければ、義昭公には死んでもらうことになりますから、結果は一緒です」
「え……?」
今のわたしは、きっと顔が青いだろう。しかし、半兵衛はそんなことお構いなく、説得が失敗した時の段取りを口にした。
「もし、寧々様がしくじったならば……義昭公は、急な病にて数日の後に薨去なされ、『婿である勘九郎様に将軍職を譲る』とされた御遺言を関白殿下から公表してもらいます」
「か、関白殿下から……って」
つまり、これまで何かと義昭公のお味方をされていた二条様は、すでに取り込み済みということだとわたしは理解する。そして、それは朝廷の意志であり、内心では眉をひそめても、きっと表立ってはそれを「謀殺だ」と誰も口にすることはできないということだ。例え、上杉様でも……。
「わかりましたか?最早、義昭公の命運は尽きているのですよ。あとは、その末路が如何なるのか。その点を残すだけにて……」
わかりたくはないが、わからざるを得ない。だが、これはきっと半兵衛なりの恩情なのだろうと理解もする。ならば、せめて命だけは助かるように、説得を成功させなければと決意するしかなかった。
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