第272話 寧々さん、やんちゃがバレてお仕置きを受ける

元亀4年(1573年)2月上旬 京・本能寺 寧々


信長様とのお話が終わり、わたしは部屋に帰りながら考える。果たして、お言い付け通り、半兵衛をこの京に呼んでよいものかと。


「……やっぱりダメよね。こっちに来たら、自然にお酒を飲んで、ちょっとやんちゃしたことがバレちゃうわ。そうだ!手紙を送ったけど、風邪をこじらせて寝込んでいたことにしよう。どうせ、体が弱いし……」


うん、これは妙案だと思いながら、わたしは宛がわれている部屋に帰る。半裸で「えびすくい」を踊ったこと、さらには由緒ある東寺で謙信公らと裸になって朝まで飲み明かしたことが耳に入れば、きっとお仕置きは確実だ。しかし……


(え……なぜ?まだ呼んでいないわよね……?)


どういう理由なのかは全く分からないけれども、半兵衛がそこに座っていた。しかも……静かに額に青筋を立てて。


「あ……は、半兵衛、来ていたんだ。弾正忠様から丁度来てもらうように頼まれたところなの。早速報告をしてくるね……」


それゆえに、これはまずい展開だと思って、わたしは部屋に入らずそう言って踵を返した。しかし、当然だが……それで逃がしてくれる鬼・半兵衛ではない。


なんと!何の躊躇いもなく、わたしの打掛の裾に脇差を突き刺したのだ。この男は!


ビリビリビリ!


「ぎゃああああ!西陣織の打掛がぁ!!!!!」


何とか転倒することだけは免れたが、前のめりになった時に聞こえた布が切り裂かれる音。この京に来たときに、へそくりで買った高価な打掛だというのに、容赦なくその音が後ろから聞こえて……わたしは悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと!いくら何でもやり過ぎよ!これ……高かったのに、どうしてくれるのよ!」


「そうですね。ならば、あとで弁償することにしましょう。物はお金を貯めれば買えるのですから」


「え……?」


珍しいことがあると、その瞬間思った。半兵衛が己の非を認めて弁償?明日、槍でも空から降ってくるのだろうか……。


「しかし、失った家の誉は……寧々様。如何なさるのですかな?その辺りはどう償われるのか……是非、某にご教授いただけませんかな?」


「そ、それは……」


但し、やはり半兵衛は半兵衛だった。冷たい笑みを浮かべながらそう発した言葉に、当然だが、返す言葉が思いつくはずもなく、これは一層まずい展開だと思って、わたしは打掛を急ぎ脱ぎ去って、半兵衛に背中を見せて逃げ出そうとした。


しかし、それで逃がしてくれるほど半兵衛が甘いはずがなく……あっさりと追いつかれてしまったわたしは、頭を左右から挟みこまれるように押さえつけて、後ろからこめかみをグリグリされる。いつものことながら、これが途轍もなく痛い。


「慶次郎から聞きましたが……また、随分とおイタが過ぎたようですね。わかってますか?寧々様がお酒を飲んでやったことぜぇ~んぶ、浅井家の恥になっていることを!」


「痛い!痛いですわ!ごめんなさい!わかりました!わかりましたから、もうやめてぇ!」


「全然、わかっていないでしょう。こうなると困るから、あれほどお酒はお飲みになりませぬようにと……某は言いましたよね?それとも、この頭は都合よく、三歩歩いたら忘れる仕組みになっているのですかな?」


「言いました!はい!間違いなく、それはもう!だから、ごめんって言っているでしょ!鳥頭で済みませんって!!」


「謝って済むなら、新選組はいりませんよ」


なるほど……つまり全部、金柑頭の明智のチクリが原因か。よし、今度キノコたっぷりの饅頭でも差し入れてやろう。わたしは頭が痛かったのだから、彼らはお腹を痛めてもらって……。


「それで半兵衛。本当にどうしたんだ?まさか、寧々様の飲酒をお諫めするためだけに若狭から来たのではあるまい?」


「ええ、そのとおりです。某もそこまで暇ではありませんからね」


慶次郎から話を振られて、ようやくわたしを開放してくれた半兵衛は、1通の書状を懐から取り出して差し出した。


「これは……松永様からの?」


そして、中を開けて見ると……そこには、どうにかして旧主である三好孫六郎殿を守りたいので、助力を頼みたいと書かれていた。


「ええ……と、あなたたちって、仲良かったの?」


「そこまでではないのですが……逆に言えば、松永殿はそこまで困っているということでしょう」


あの唯我独尊のお爺さんが困る?そう言われても今一つ、本当なのか確信は持てないが、その彼が助けたい三好殿が……三淵らの謀によって、弾正忠様の対抗馬に押し上げられようとしていることは、さっき聞いたばかりだ。


それゆえに、この話は本当なのかもしれない。


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