第271話 寧々さん、領地の貰い過ぎは危ういと知る

元亀4年(1573年)2月上旬 京・本能寺 寧々


結局、毛利もあとになって大老を辞退した——。


「この度は、不幸な行違いがあり、このような事となりましたが、我らには織田殿と争うつもりは毛頭なく……」


今、当主である輝元公の頭を力いっぱい押さえつけながら、叔父で後見を務める小早川左衛門佐殿が信長様に詫びを入れている。それに付き添ってわたしもこの場に居るのだが……


「実は、某が『余計なことをいうな』と言ったのですが、それを忠実に実行したのようなのです……」


……などという弁明には、思わず吹き出しそうになった。


ただ……それほどまでに呆れた理由なので、どうやら信長様の勘気も解けた様だ。見れば、少し笑みも浮かべておられた。


「相分かった。そういう事情であれば、全てを水に流そう。今後とも当家と貴家の関係が良好であることを願っている」


「ははー!ありがたき幸せにございます」


これで、毛利の用は終わったのだろう。小早川殿は輝元公を伴い部屋から出て行った。だが……


「寧々よ、どう思う?あのような頼りない主を戴いて、国を保つことができると思うか。例え家臣が優秀であったとしても……」


信長様はどういうつもりなのか、わたしにそう訊ねて来られた。だからわたしも、その問いかけに答えを返した。「おそらく、無理でしょうね」と。事実、前世で毛利は判断を誤り、一時は改易というところまで話が進んだのだ。


しかし、そんなことに思いを馳せているわたしに、信長様は仰せになられた。「次の敵は毛利になるから心せよ」と。


「浅井には、いずれ丹後から但馬、さらにその先の山陰諸国の平定を頼むことになろう。準備を怠るなと伝えてもらいたい」


「承知しました。しかし、切り取った領地はそのまま頂いても……?」


「流石に全てを与えるわけにはいかん。寧々も存じておろう?あまり広大な領土を得た大名は、天下人に睨まれて潰されたという事例を……」


それは、3代将軍義満公の時代に討伐された山名、大内の事を言っているのだとわたしは気づいた。さらにいえば、藤吉郎殿も徳川や毛利をどう細分化するか、頭を悩ませていたなと……。


つまり、浅井が勘九郎様より後の世で、そのような立場になる危険性を信長様は懸念なされているのだろう。そして、その上で領有を認めるのは、丹後と但馬の二か国と明言した。合わせて、22万5千石だ。


「些か少ないのでは?」


「それなら、出雲まで独力で平定したならば、これに因幡9万石を付け加えよう。これで、若狭浅井家は今の領地と合わせて46万石だ。どうだ?」


「わたしとしては、それで結構かとは思いますが……ここまでお話しておいて申し訳ありません。わたしに決定権はございません」


「あ……それもそうであったな。では、その辺りは、左京大夫殿や大蔵大輔殿と話すことにするが、取りあえずはそなたも心得ておいてもらいたい」


「承知しました」


ああ、びっくりした。いきなり、そんな込み入った話をしてくるんだもの。どう答えていいのか、わからなかったわ。


「ところで……幕府の方はどうなさるおつもりで?」


「どうもしない……と言いたいところだが、三淵がまた動いているようだ。今度は河内にいる三好孫六郎と四国に逃れた三好阿波守らを結ばせて、俺の対抗馬に立てようと画策している……」


「それは……」


策としては、全くあり得ないというほど酷いものではないが、肝心なのはこうして本来秘匿すべき情報が駄々洩れになっているということだ。これでは、勝てるものも勝てないだろう。


「とにかく、三淵と摂津だ。この二名は、少なくとも追放せねばならぬ。そのためには、何か良き策が必要なのだが……」


そう言いながら、信長様はわたしの方をチラリチラリと目線を向けてきた。それゆえに何が言いたいのか理解する。つまり、半兵衛を若狭から呼んでくれという意味だと……。

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