第270話 豊後の王は、信仰の在り方を問われる

元亀4年(1573年)1月下旬 京・二条御所 大友宗麟


かわいそうに。毛利の若僧が上杉殿の覇気に当てられて怯えてやがる……。


だからこういう会議の時は、誰よりも早く来ておかないとダメなんだ。いい経験になったであろうな。ギリギリに来ると、あのような虎と竜に挟まれた地獄の席に座ることになると……。え?儂はいつ来たのかって?そんなの半刻(1時間)前に決まっているじゃないか。


だが、少し現実から目をそらしてしまったが、武田殿と上杉殿が辞退した以上、この会議はお仕舞いだ。三淵殿は、「ならば、お二人の後継者にお役目を引き継がれたら……」などと抵抗を見せているが、儂からすると、他人事だと思って家督相続を舐めているとしか思えない。


すでに20年も昔になるが、儂などは父も弟も殺さざるを得なかったというのに……。


「兎に角、何度言われても、我が上杉はお力添えをすることは叶いません!どうかご容赦を!!」


「左二つ向こうの長尾に同意。我が武田も申し訳ありませんが、手を引かせていただく」


そして、そう言い切られたお二方は、三淵殿の制止を振り切って部屋から出て行った。こうなると、残るは織田殿と毛利の若僧、それに儂となるが……さてどうするか。


「織田殿。一つだけよろしいか?」


「何なりと」


「某の要望は、京における耶蘇教の布教活動を引き続きお認めになることだ。貴殿がこのまま覇権を手にしても、それは変わらぬと誓って頂けるか?それならば、儂は全てを貴殿に委ねるが……」


本音を言えば、委ねるも何もこうして大勢が決したのだから、拒まれたとて儂が何かをできるわけではない。しかし、折角こうして直接話をする機会を得たのだ。親しい宣教師や信者たちのために、できることをやっておきたい。


すると、織田殿は何かを言おうとした三淵殿を制して、儂の問いかけに答えてくれた。


「大友殿。それについては、条件付きと言うことにさせていただきたい」


「条件付き?それは……」


「布教するのは構わんし、信じることも何も問題はない。但し……それを他者に強要して神社仏閣を破壊したり、また、この日の本の土地を領地とし、武器を持って一向宗のように騒動を起こすといった真似をするようならば、禁教とせざるを得ない」


「なるほど……」


確かにそのようなことになれば、厄介な話になるなと思った。しかし、神社仏閣を破壊か……。そういえば、肥前の大村がそのようなことをしたと聞いたことがあるな。もしかして、織田殿はそのことを言っておるのか……?


「……いずれにしても、そのような馬鹿げたことをしない限りは、俺も信仰の自由は認めるつもりだ。大友殿にも左様心得て頂きたい」


「承知した。ならば、儂も此度の大老就任を辞退して、畿内の事は織田殿に一任することにしよう」


「大友殿!お、お待ちを!!」


待たない。三淵殿が何と言われようが、儂には儂の都合があるのだ。兎に角、帰国したら、宣教師たちを集めて、今の言葉を伝えよう。あと……大村にも釘を刺しておかなければ。


あ、そうそう。折角上方に来たのだから、南蛮寺巡りをしておかないとな。仕事も終わったし、ああ……楽しみだ。


「それで……あとは毛利殿だが、どうなされるおつもりかな。まあ……俺としては、大老として上様をお支えしたいというのであれば、止めはしないが?」


「…………」


「ほう……流石は、大毛利の総帥というだけはあるようだな。この期に及んでも動じないとは……」


いや……織田殿。どう考えても、こいつはそんな器じゃないだろう。たぶん、小早川あたりから「何もいうな」と言われて、忠実に守っているだけではないのかな?ホント、間抜けな奴だ。


「まあ、いい。毛利殿がそのおつもりならば、是非大老の相方として共に上様を支えていきましょうぞ!」


あ……毛利、終わったな。笑顔だけど、織田殿絶対キレているぞ。きっと、そう遠くないうちに罠に嵌められるな。ホント馬鹿な奴だ……。


そうだ!そのうち、織田と毛利が戦争になったら、背後から突いて周防と長門を奪ってやろう。さすれば、死んだ義長の無念もきっと晴れるはずだ。

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