第269話 謀神の孫は、余計なことを言わず成り行きを見守る

元亀4年(1573年)1月下旬 京・二条御所 毛利輝元


「よろしいか。くれぐれも、余計なことは言われるなよ?」


小早川の叔父上にそう念押しされて、この場にやって来たが、甲斐の虎と越後の龍に挟まれて座っている俺に一体何が言えるというのだろうか。


「なあ、ババア。聞いたぞ?寧々殿を手籠めにしたんだってな。男にモテないからって、ついに女に走るとは……そんなに寂しいんなら、儂の子種を仕込んでやろうか?」


「遠慮しておきますわ、糞ジジイ。あなたの子種の向かう先は、高坂とかいう男のケツでしょ?あ……労咳にめでたく罹ったそうね。うつりたくないから、それ以上近づかないで。今度こそ、殺すわよ?」


「ゴホゴホゴホ!……ふっ、おまえはもう、死んでいる!」


「止めろって言っているでしょ!」


「うわっ!」


越後の龍は、いきなり抜刀して俺もろとも甲斐の虎を斬り捨てようとしたが……どちらもホント、止めて欲しい。それに……うちは、まだ子供がいないのだ。労咳はうつさないでもらいたい。


「お静かに。上様のお成りにございます」


そんなこんなで、冷や汗を流し続けていると、ようやく義昭公がこの広間に姿を現した。そして、着座されるや否や、今度は三淵殿が我らに此度の会合の趣旨を伝えてきた。


すなわち、我ら5名を幕府における大老に任ずるゆえ、これよりは合議をもって、幕府の統治に力添えしてもらいたいと。それは、とても光栄なことで、俺としては誇らしく思えて、よもや断るという選択など思いもよらぬ話であったが……


「折角のお話ですが、某、余命いくばくもなく……辞退させていただきます」


「同じく、わたくしも隠居しようと思っており、辞退させていただきます」


……と、武田信玄公と上杉謙信公、仲の悪いこの二人がまるで息を合わせたかのように辞退を申し入れて、初っ端から会議は混乱の様相を見せ始めた。


「……恐れながら、武田殿も上杉殿も、お考え直し頂けないでしょうか?あなた方のお力を幕府は必要としているのです。そうですよね?上様」


「え……?あ、ああ、その通りだな。二人とも事情がおありだろうが……ここは翻意して、この義昭を助けてくれまいか?」


「しかし、上様。某は労咳にて、もうそれほど長くはないのです。そのような重き役職を頂いたら、もう甲斐に帰ることが叶わないではありませんか。どうか、最期は故郷で死なせて下され」


武田殿は、涙ながらにそう語り、どうしても引き受けられないと固辞された。しかし……この役職を引き受けたら、国に中々帰れないということか。そういえば、ずっと昔に大内義興が同じような状況になって、尼子経久の台頭を許したと爺様から聞いたことがあるな……。


「上杉殿は?貴殿は、武田殿のように病に罹られてはおりませんよね?」


「ええ、先程うつされていなければ……」


「ならば、どうして隠居などと……」


「そうですね……」


上杉殿は、辞退する理由に自身の後継者が未だ定まっていないことを挙げた。そして、引き受けたら長期に渡って在京を余儀なくされるため、その間に自分が死んだら確実に国が割れるからと。


「あと……隠居するにあたり、関東管領の職を返上いたしたく。最早、関東は北条の支配を受け入れており、少なくとも我が後継者たちではどうすることもできませんゆえ……」


「馬鹿な!」


「……はて?三淵殿。今、貴殿はわたくしを『馬鹿』と呼ばれましたかな?」


「え……あ、いや……」


うん。はっきり言ったな。誤魔化そうとしても、流石に無理があるだろう。そして、その怒気は隣に座っていて、思いっきり伝わってくる。ションベンがチビリそうだから、もう止めてもらいたい……。


「……決意は固いか?」


「上様……誠に申し訳ございませんが……」


「そうか……。三淵、ならばやむを得んのではないか?」


「上様!」


どうやら、勝負ありというところだな。しかし、そうなると、代わりを補充するのかな?余計なことを言うなとは言われたが、うちも辞退した方がよくないか。俺と大友殿では、織田殿に勝てるとは思えんのだが……。

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