第267話 寧々さん、謙信公にお持ち帰りされる(後編)

元亀4年(1573年)1月上旬 京・東寺 寧々


夜——。


わたしは、寝間着1枚に羽織りを羽織って、謙信公の寝所に向かう。もうこうなっては、引き返すことはできないようで、連れてきていた慶次郎は、別室に案内されていてここにはいない。きっと、今頃呑気に酒を飲んでいるのだろう。主を守る役目を果たせと言いたい。


ただ、いつまでもこの廊下でそんなことを思っていても始まらないし、第一、外は雪が降っているのだ。風邪をひいてしまう。


だから、わたしは意を決して中に入る事にする。だが、そこには、謙信公以外に一人の少女が座っているのが見えた。


「お……来られたか。まあ、中に入られよ。寒いであろう?」


「はい……」


二人きりになるのかと思っていたらそうではないので、どういうことなのかとわたしは考える。もしかして……3人でヤるというのだろうか?


しかし、そんなことを思っていると、謙信公は笑われた。そして、百合のお遊びをするわけではないと告げてきた。


「まあ……嗜みがないわけではないから、寧々殿が望むのなら、やぶさかではないが?」


「け、結構です!わたしは、普通に男の人が好きですので!」


「そうか。ならば、酒でも飲みながら、真面目な話をしよう。こちらにいるのは、我が腹心であるお船だ」


「直江大和守が娘、船にございます。以後お見知りおきを」


薄暗くて初めはわからなかったが、そういえば、前世で直江山城守の妻として大坂城で会ったことがあったなと思い出した。そして、わたしは謙信公より杯を賜り、酒を喉に流し込んだ。うまい!これが越後の酒か!


「それで、真面目なお話とは?」


「実は……これにございます」


そう言って、お船殿がわたしに見せたのは……友松尼とお陽殿らが合作で作った淑女のための春画絵巻(エロ漫画)だ。


「これがどうかされたので?」


「我が越後にも売って欲しいのだ」


そして、戸惑うわたしに追い打ちをかけるように、いくつかの肖像画を手渡してきた。特に謙信公のお望みは、北条から養子に迎えた三郎殿と樋口与六……のちの直江山城守との組み合わせということらしい。


「あの……これのどこが真面目なお話だと?」


「娯楽がないのじゃ、越後にはな。そんなときに、これに出会ったわたしの気持ち……そなたにはわかるか?」


いや……正直なところ、わからないし、わかりたくはなかったが、ただ、これで上杉との関係が良くなるのであれば、断る理由もないのも事実で、わたしは「承知しました」と答えて、それらの肖像画を受け取ることにした。


「それにしても……お肌、本当にお綺麗ですよね?昼間の弾正忠様ではありませんが、何かなされているのですか?」


「そうよのう……本当は、秘密にしておきたいところであるが、寧々殿は我らの仲間になったことだし、教えても良いか。お船、例の物を……」


「畏まりました」


謙信公の言葉に従い、お船殿は部屋から出て行った。すると、謙信公はわたしに告げた。「まずは、着物を脱げ」と。


「え……?」


「心配せんでも、百合なお遊びをするつもりはない。お船が直に秘伝の塗り薬を持ってくるゆえ、塗ってやるから裸になれという意味だ」


「あ、ああ、そういうことでしたのね……」


わたしは、謙信公のその言葉を信じて、帯を解いて着物を脱いだ。


「ほう……綺麗な胸をしておるな。子を4人も産んだとは思えん。どれどれ、少し摘まんでやるか」


「ひゃん!な、なにを……」


「女同士なのだから、そのように恥ずかしがらずとも良いではないか。そうだ。感度を確かめるために、今度は口で吸うてやろう」


ま、まずい……。この流れだと、綺麗に食べられてしまう。だが、そう思っていると……


「御実城様。おからかいはその辺で。織田と武田を敵に回して戦われるというのであれば、お止めしませんが……」


「おう、そうであった。許せ、寧々殿。つい、昔の血が騒いでしまったわ!」


謙信公はわたしから少し離れてそう笑われたが、本当にヤバかったのだと知り、わたしは血の気が引いた。


「では……塗るのは、わたくしにお任せください。よろしいですね?」


「わかった。自制できそうにないから、任せることにしよう」


こうして、お船殿にギリギリのところで助けられたわたしは、この後何事もなく一夜を終えて、宿所に帰ることができた。


「え……?朝起きたら、全員素っ裸だったとお聞きしましたが?」


慶次郎が何やら言っているようだが、全然聞こえない。お酒を飲み過ぎて、謙信公と意気投合したわたしが、お酒を追加で出さなかったお船殿の着物を一緒になって脱がして泣かせた所までは覚えているが、その後の事は本当に何も覚えていないのだから……。

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