第263話 信長様は、甘い物の食べ過ぎを断罪される

元亀3年(1572年)12月中旬 近江国佐和山城 織田信長


「何か気になる症状がおありで。まずはそれをお聞かせいただきたいのですが?」


ん?寧々から何も聞かされていないのか。なるほど……道理で寧々が何か言いたそうにしているわけだ。まあ、いい。俺の口から伝えれば何も問題はないはずだ。


「実は最近、自分の気持ちを抑えることができないときがあるのだ。些細なことでイラつくし、一度キレてしまったら、自分の力で抑えることができずに、その相手にとことん酷いことをしてしまう。始めは、年を取ったせいだとも思ったが……」


よく考えれば、俺はまだ38歳だ。老け込むには早いと自分でも思い直したわけだ。


「他に症状は?」


「あと、喉もやたら乾くし、日中頻繁に眠くなることもあるな。加えて……何も特別な鍛錬をしていないのに関節が痛かったり、手足がしびれている時も……」


「目は?見え辛いことはないのかい?」


「そういえば……前と比べたら、最近見え辛い気がするな……」


但し、それは流石に年を取ったからだと思う。人生50年のうち、もう間もなく5分の4に届こうとしているのだ。別におかしなことではないだろうと思い、懐から巾着袋を取り出して、中から金平糖を2、3個口に放り込んだ。うん、甘い!


ん?お稲は、何をそんなに呆れたような顔をしているのだ?


「あのさ。一応、訊ねるけど……今の調子でその金平糖。1日当たり何個食べているんだい?」


「そうだな……高価なものゆえ、精々1日一袋と決めているから、20個か?」


この日の本には大小さまざまな大名、あるいは商人がいるだろうが、ここまで金平糖を食べ放題で毎日食べることができるのは、俺くらいなものだろう。それが我が織田の豊かな財力の象徴だ。


ただ……なぜまた、呆れたようにため息を吐くのだ?


「それだけかい?他にも甘い物……食べていないかい?」


「うむ……そうだな。あんこたっぷりの餅を朝・昼・晩、それに寝る前に5つずつ、あと……そうそう、帰蝶が汁粉を良く作ってくれるからな。その時は軽く10杯はいける」


それが一体どうしたのだろうか。酒は飲んでいないのだから、何も問題はないだろうと思っていると、お稲はまた呆れるように言ってきた。「そんなに甘い物ばかり食べているから、飲水病(糖尿病)になるんだよ」と。


「飲水病ってあれか。御堂関白(藤原道長)が罹ったという……」


「そうさ。そして、弾正忠様。はっきり言うけど、このままだとあんた……人生50年より前に死ぬよ?」


何を馬鹿なことと……俺は一笑に付そうとした。しかし、稲はこの病の厄介な所は、目が見えなくなったり、体の麻痺や痺れ、さらに最悪の場合は、心の蔵が壊れてしまう病に罹るきっかけになると言ってきた。これには流石に俺も大丈夫なのかと不安になる。


「ど、どうすればよい?俺はまだまだそちらの信玄公のように、死にたくないんだが?」


「……勝手に殺すな、勝手に!」


信玄公は不愉快そうに口を挟むが、お稲は構わずに解決策を提案してきた。但し、それは、先程述べられた甘い物の……全面的な禁令だった。


「ま、待て!甘い物なしで、この先どうやって生きていけと申すのか!」


「……なくたってみんな生きているわよ」


馬鹿な!そんなことができるわけがない!


「頼む!後生だから、金平糖だけでも許してくれないか?これがないと、イライラした時、つい誰かを殴ってしまいそうだ」


「ダメだね。医者としては、断固として認められないわ。さあ、その懐の物もこっちに」


「嫌だ!これを取り上げられたら、俺はもう……」


「そう……なら、好きにしたら」


「え?」


「まあ……病で早死に、あるいは家臣の恨みを買って、謀反を起こされて殺されたいというのなら、別に止めないけど」


そして、決めるのは俺だから、あとは好きにすればよいとお稲は診察を終えると言った。ただ、こうなると見捨てられたような気持ちとなり、結局俺は懐の物を差し出してしまった。


ああ……俺の金平糖。さようなら。

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