第259話 権六は、通算101回目のお見合いに臨む

元亀3年(1572年)11月中旬 美濃国岐阜城 柴田勝家


「兄上!もう少し、背筋を伸ばして!背筋を!」


「うむ……」


思わずため息が出そうになるのを堪えながら、儂は態々近江から駆け付けてくれた菜々に着付けを手伝ってもらっていた。何しろ、これから武田の姫との見合いなのだ。粗相があっては織田家の恥に繋がるから、万全を期さなければならないということで。だが……


(どうせ、今度も振られるだろう……)


儂の思考はどうしても、そのように後ろ向きになってしまう。無論、それではいけないとは思っている。この見合いには、お屋形様や信玄公だけでなく、お市様や寧々殿からも並々ならぬ尽力を賜っているのだから。


ただ……これで見合いも101回目ともなれば、そう思ってしまうのが偽らざる儂の本心だ。


「さあ、準備は整いましたよ。兄上、ご武運をお祈りしておりますわ!」


武運か……。武運で何とかできるのであれば、八幡大菩薩にも摩利支天にも不動明王にでも祈りもしようが、このお見合いに限っては、そんな容易い話ではない。しかし、そんなことを思いながら歩いていると、どうやら見合い場所に到着したようで……


「柴田殿。これが我が娘、真理にござる。真理?どうした。挨拶をせぬか?」


「あ……これは済みませぬ。武田信玄が娘、真理にございます……」


ぺこりと頭を下げる真理殿は、とても小柄で華奢で、しかもお顔立ちもどこか幼さを残していて、儂にとっては真に申し分のない女性であったが、そんな素敵な女性だけに、また今回も振られるのだろうと覚悟した。


「柴田権六にございます。どうぞ、お見知りおきを」


そう対面に座り、口上を申し上げると、真理殿はニッコリ笑みを浮かべられた。素直にかわいいと思った。


「おや?権六殿。その様子だと真理様を気に入られましたね?」


「ね、寧々殿!?な、何を申されておられる!そ、某は、そのようなことは一言も……」


「あら?そうなのですか。その割には、とても良いお顔をされているような気がしますが?」


顔?そうなのか?そんなに良い顔をしているのか、儂は。そう思って、思わず手を頬の辺りに伸ばしてみた。あまり変わらないような気もするが……


「どうです?真理様。この人、こんな熊のような顔をしているのに、面白いでしょ。ですがその分、駆け引きすらできない程の真っ直ぐなお方ですわ。きっと、ご一緒になられたら、浮気などせず、真理様だけを愛し続けると思いますよ?」


「まあ、それは好ましいですね!前の夫は、浮気ばかりしていて悩んでいましたので、素晴らしいですわ!」


前の夫か……。そういえば、信玄公に粛清されてからそう日が浅くないことに儂は気づく。だから、思い切って聞いてみる。未練などないのかと。


「未練ですか?実はあまりないのです」


「え……そうなのですか?」


「だって、わたしこのように幼い体つきでしょう?実は伊予守様とは、一度も同衾することはなかったのです。いくら何でも幼子は抱けぬと言われて……」


なに!?その伊予守というやつは、頭がおかしいのか?このような合法的幼女を前に一度も抱かなかったとはあり得ぬ話だろう。だが……それなら、真理殿は処女……?


「権六殿……。何を思われたか想像はつきますが……その本性をさらけ出すのは、婚儀の後の方がよろしいかと思いますわよ。それで、これまでも失敗したのでしょう?」


「す、すまぬ……また顔に出てしまったか。どうも、これでは嫌われてしまったかな?」


そういうことで、もうこの話はお仕舞いだ。信玄公も顔を引きつらせておられるし、織田と武田の盟約に盛り込まれる条件かもしれないが、流石に今回も断られるだろう。だが、そう覚悟を決め始めていると……


「うふふ、本当に面白い方ですね。父上、そのようにドン引きされたようなお顔をされると、権六様がお可哀想ですわ」


「そうか?ま、まあ……そなたがそう言うのならば構わないが……」


「そうだ、権六様。ここは、お二人きりで色々お話いたしませんか?先程、寧々様から景色がきれいな場所を教えていただきました。遠乗りでもしながら……」


馬に乗れるというのか!?それはまた、楽しそうな姫だ。しかし、儂としてはそう言って貰えて、まさに天にも昇るほどに嬉しく感じる。


「では、ご一緒させていただきましょう」


こうして儂は、真理殿と一緒に遠乗りに出かけて、その日はずっと共に長く語り合った。ただ……いい年をした大人が見合いで朝帰りとは何事だと皆に叱られたのは、余談ではあるが。

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