第257話 寧々さん、織田家大奥法度を定める

元亀3年(1572年)11月上旬 美濃国岐阜城 寧々


わかっている。本当は、こんな事をする時間も勿体ないし、余計なお世話だということは。


「あら?わたしとしては、別に構わないわよ。そんな主に隠れてこそこそやっているような薄汚い連中は、はっきり言って要らないし。全員打ち首でも磔でも、寧々の好きにしたらいいわ」


……こほん。帰蝶様はそう仰せではあるが、わたしとしては別にこの者たちを折檻したり、追い出したりするつもりはない。ましてや処刑などとは、全くもって思慮の外である。


こうして苛めに関わった者だけでなく、奥に仕える侍女、行儀見習い、下女の全てをここに集めたのは、ただ……『お・は・な・し』をするためだ。


「さて……なぜ、あなたたたちが呼ばれているのか。わかっていますよね?」


「も、申し訳ございません、春日局様!二度と香菜を苛めませんので、どうかご寛恕の程を!」


話を切り出した途端、そう言って前に出て弁明し始めたのは、その身なりから若いけれどもそれなりに高位の侍女だろう。


「なるほど……あなたがこの者たちのまとめ役というわけね?」


「ひっ……!」


「大丈夫よ、そんなに怯えなくても、あなたの股にはアレはついてないでしょ?だから、徳利をかぶせたくてもかぶせようがないじゃない」


もちろん、場を和ませるための冗談のつもりで言ったのだが……冗談にならなかったようで、その者は震えながらその場にひれ伏した。そのため、これでは話にならず、わたしはその侍女の隣にいた者に声を掛けた。「どうして、苛めていたのか」と訊ねて。


「そ、それは……香菜殿のお父上が出自卑しき者であると聞きましたので……」


「誰に?」


「え……」


「あら、言えないの?ちなみに、わたし……主上から、『わたしの言葉は主上の言葉である』とお墨付きを頂いていましてね。逆らえば……あなただけじゃなく、親兄弟、親戚連中、それに飼われている猫に至るまで、朝敵にすることもできるんだけど?」


「す、すみませんでした!さ、佐久間様です!佐久間甚九郎様がそのように……」


佐久間の倅の方か……なるほど。前世で親を飛び越えて信長様に名指しで無能者呼ばわりされただけはある。どうやら、今生でも碌なことはしていないらしい。


「皆さん、よろしいかしら?ここに居る者たちは、全員仲間です。もちろん、行儀見習いに来ている香菜さんも含めてね。そういうわけで、今後こうしましょう。5人ずつで組を作り、そのうちの一人でも法度に違反したら、連帯責任で全員処罰すると……」


「法度ですか!?し、しかし……表ならともかく、この奥には……」


「そう言うと思って、このように用意してきました。うちの子が作ったから、少し厳格かもしれないけど……あなたたちが何か粗相をしたら、今のように主である帰蝶様が恥をかかれます。ですので、黙って従ってくださいね」


内容は、城中での暴力行為は元より、嫌がらせ、さらには職権を乱用しての暴言、無理強いは、100度の棒叩き刑を執行した上で、城外へ追放。しかも、陰口でも謹慎1カ月の処罰とされていて、それが他の組員も連帯責任ということなのだから、結構重いとは思う。


しかも、この法度では連帯責任を免れる方法として、密告が奨励されているのが特徴だ。共に処罰されたくなければ、誰もが進んで事態が起これば密告するだろうし、それこそが抑止力になるだろう。実に……うちの子は、恐ろしいことを考え付くものだ。


「それでは、帰蝶様。発布いたしますので、ご署名を」


「うむ。流石は寧々であったな。実に、仕事キッチリだ!」


この場に居た者たちが一様に顔を昏くする中で、こうして織田家の『大奥法度』は制定されたのだった。

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