第256話 寧々さん、猿夜叉丸の元服に立ち会う
元亀3年(1572年)11月上旬 美濃国岐阜城 寧々
信長様と信玄公との話し合いが終わり、その足で早速わたしは、権六殿と話をするために岩村城近くの寺に向かおうとした。まだ真理姫が国境を越えられるまでにはしばらく時間があるが、その前に説得して出家を取りやめてもらうために。しかし……
「ねえ、寧々。またお節介焼いているようだけど……ここに来た目的、まさか忘れていないわよね?」
「お、お市様……」
かくして、猿夜叉丸様の元服を優先させられることとなり、権六殿の説得は藤吉郎殿に任せて、わたしはこの岐阜に留まることとなった。ちなみに藤吉郎殿からは、その後、無事に連れ出すことに成功したとの書状を受け取ることになる。
そして、11月3日——信長様が烏帽子親となられて、猿夜叉丸様の元服の儀が執り行われた。
「我が諱より、『信』の字を授ける。これよりそなたは、浅井新九郎信政と名乗るが良い!」
「ありがたき幸せに存じます!」
祝いの品として太刀を与えられて、猿夜叉丸様改め、新九郎様は大人の仲間入りを果たした。なお、この後は、信長様と信玄公の上洛に供をして、義昭公への拝謁、さらには宮中に参内して官位を賜る予定となっている。内々に聞いている話だと、従五位下越前守に任じられるらしい。
「おめでとうございます。これで一安心ですね」
「ええ、円寿も田屋に押し込めましたし、他に居なければ、新九郎の後継者の地位は安泰でしょう。寧々もご苦労でしたね」
こうして、面倒ごとが一つ片付いたと気を許しているところに、このようなお言葉が飛び出して、一瞬、万福丸の顔が脳裏を過り、背筋に嫌な汗が流れたが、それでもわたしは何事もないように取り繕う。
「いえ、わたしは何も……それよりも、新九郎様は?」
「そういえば……厠と言っていましたが、少し遅いですね」
「では、少し見てきますわ」
「お願いするわね」
これ以上、藪を突かれたくないわたしとしては、内心ではホッと胸を撫で下ろしながら、こうしてお市様に用意された客間から出て、新九郎様の様子を確認しに行くことになったのだが……
「いつもあのように、苛められているのか?」
「…………」
「まあ、いい。言いたくなければ、言わずともよい。兎に角……もうじき万福兄上が着物を持ってくるから、それに着替えようか。そうじゃないと、あの連中の思惑通りにそなたが恥をかかされてしまうからな」
縁側で新九郎様の隣に腰掛ける少女は土まみれで、今の会話からどうやら誰かにいじめられてあのような姿となったようだと知る。
「母上?」
「……万福丸。あの子は?」
「実は、このお城に行儀見習いで上がっている子らしいのですが、お父上の出自が原因で、あのように同じ立場の子や侍女の方から苛められておりまして……」
「それじゃあ、それをあなたたちは止めたということなのかしら?」
「正確には若が……ですね。ボクは声が聞こえたので、駆け付けただけですので」
「そう……」
まあ、このお城に限らず、こういった話はよくあることだ。現に府中のお城の内でもないわけではない。ただ……
「そうだ。名を聞かせてもらえないか?それ位いいだろ?」
「……香菜と申します。父は、近江国横山城の木下藤吉郎で……」
それが前世からよく知っている人の娘となれば、放置するわけにはいかない。
「新九郎様、それと……そちらの香菜殿。少しよろしいかしら?」
「叔母上……」
わたしは、こうしてまたお節介を焼くことにした。もちろん、権六殿のお見合い話を忘れたわけではないが、まずはこのお城の女どもを再教育しなければならないと血が騒ぐ。かつて、織田家に仕えた先輩侍女としては、どうやら見過ごすわけにはいかないようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます