第252話 寧々さん、暴君化し始めた信長様を諫める
元亀3年(1572年)10月下旬 美濃国岐阜城 寧々
結果だけを先に言えば、柴田殿のお見合いは失敗に終わったらしい。
「途中までは、上手く行っていたんですよ。おつや様も満更ではなさそうでして、庭に出られては、権六殿と楽しそうに笑われていましたし、時々、歌なども部屋に送られてきておりましたし……」
指南役として派遣されていた藤吉郎殿は、必死にそう弁明されるが、結果としては上洛の途中で岩村城に一晩……たった一晩、滞在された武田家の家臣・秋山伯耆守に、言わば寝取られてしまったそうだ。
当然だが……信長様の機嫌は、よろしいはずがない。しかも、フラれた柴田殿は「もう恋なんてしない!」と泣きながら、岩村城を退去して近くの寺に籠られているとかで、藤吉郎の弁明も虚しく、ついに怒りが噴火し始めたのだった。
「なあ、藤吉郎。貴様、俺に嘘を言っているだろう……?」
「め、滅相もございません!全てが事実でございますれば……」
「嘘を吐くなと申しておるだろうが!」
投げつけた扇子は藤吉郎殿の頭に当たり、その場に転がった。
「たった一晩の滞在だぞ!権六が上手くつやと付き合っていれば、そう容易く落ちるわけがなかろうが!このたわけめが!!」
「し、しかし……事実にございまして……」
「まだ言うか!どうせ、幼女好きがバレたのだろうが!おまえは何をしておったのだ、この役立たずが!!」
今度は扇子などという生易しいものではなく、信長様の蹴りが藤吉郎殿の顔に直撃した。
「も、申し訳ございません!平に……平に、ご容赦を!」
こうなると、もう誰も何も言えないようで、以前ならばお諫めしていたはずの池田勝三郎殿も、丹羽五郎左殿も皆、口を噤んで成り行きを見守っていた。そして、その光景は……前世で見た信長様が『絶対権力者』として君臨していた頃の織田家中を彷彿とさせるものだった。
但し……わたしは、こんな織田家を良しとはしない。
「畏れながら……」
「なんだ!?寧々!元恋人だからと、藤吉郎を庇う気か!」
「庇う気などはありませんが……弾正忠様のことを思って、諌言をいたしたく……」
「諌言だと!?」
「はい。このまま、この有様を見過ごせば、お屋形様。あなたはきっと、碌な死に方をしないと思いまして」
怖くないと言えば嘘になる。だが、言うべきことを言わないという選択肢をわたしは持ち合わせてはいない。だから、このように家臣の言葉を信じずに、暴力で自分の都合に合わせた回答を引き出すやり方を続ければ、必ずそうなると申し上げた。
「お願いです。どうか……以前のお優しきお屋形様にお戻りくださいませ」
すると、信長様は冷静さを取り戻されたようで、その場に力無く座り込んで、ため息を吐かれた。
「……すまぬな、寧々よ。そなたの言うとおりだな。些か俺は、頭に血が上り過ぎていたようだ。藤吉郎……許せ」
「お、お屋形様ぁ!勿体なきお言葉にございます!」
鼻から垂れ落ちる血を拭いながら、藤吉郎殿は笑顔でそのように申し上げて、この件はこれで一先ず決着を見た。そして、周りの方々もこれで信長様の勘気が和らいだとみて、今後の対策について進言を始める。
「……それで、お屋形様。お分かりだと思いますが、岩村城は対武田の国境を守る重要な拠点。このまま、秋山の虜になったおつや様にお預けになさるのは、危ういのでは?」
そう申し上げたのは、池田殿だ。乳兄弟という身分しか取り柄がないのだから、せめて体を張って信長様が暴君にならないように頑張ってもらいたいと思うが……今の進言は的外れなことでは決してなかった。信長様は、前田の又左殿と佐々殿に命じられた。
すぐに兵を連れて、岩村城に向かえと。
「よいか。この後、信玄坊主との会談が控えている故、結論が出るまでは手出しをするなよ?あくまで、城を包囲するに止めよ。……ついでに権六を回収してな」
「「畏まりました!」」
「あと、岩村城を出てこちらに向かっている信玄公であるが、五郎左。こちらから迎えを出して、丁重に岐阜まで案内せよ。これ以上、余計なことをさせずにな」
「承知仕りました」
「あと……寧々」
「は、はい!」
突然呼ばれて何だろうと思っていると、この後少し相談したいことがあると信長様は言った。
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