第247話 寧々さん、お酒の品評会に参加するも……
元亀2年(1571年)7月上旬 越前国府中 寧々
結局あの後、勝蔵君には真実は伝えなかった。
「本当に駆け落ちするようなことになったら、そのときは御祝儀代わりに教えてあげるわ」
そういうと、政元様がギロリと勝蔵君を睨んでいたのは面白かったが、要はこれでこの話は仕舞いとした。
但し……わたしが『本当の話』を話そうとしたことは、他言無用でと念押しした。聡い万福丸のことだから、今回のドタバタ話すらも、真実に辿り着く糸口にしかねないと思って。
そして、その秘密を勘付かれないように日々注意を払うことを勝蔵君へのお仕置きとした。
「まあ……バレたら、バレた時で仕方ないんだけどねぇ……」
その時は、長政様がお市様に殺されるだけだと思い直して、わたしの方もこの話はこれにて仕舞いとして、今日の話題として目の前に置かれている大好物に目を向ける。お酒だ!
「……寧々様。わかっているとは思いますが、今日は飲むために置いているわけではありませんよ?」
「や、やだなぁ……わかっていますよ、そんなに怖い顔をしなくても……けち」
その瞬間、爽やかな笑顔で冷たい視線が飛んできたような気がしたが、敢えて目をそらして見ないことにした。ただ……これから話し合うのは、このお稲殿が調合した『透明なお酒』をこの越前の産物として、販売するか否かだ。
「此間飲んで思ったのだけど、どうやって透明にしたの?」
「おや、寧々様。稲はきちんと説明したかと思いますが?」
「いやぁ……お稲殿のお話は難しくて長いから、右から左に……」
本当に辛いのだ。あの読経に付き合うのは。色々楽しそうに話してはくれるが、全然意味が分からないから、あのときもお酒を取りあえず飲みながら、適当に相手をしていたのだ。だから、全然理解していない。
「はぁ……よろしい。では、改めて某から説明をしましょう」
半兵衛はそういうと、難しいことを抜きにして……要は、いつも見ている濁り酒に灰を混ぜたのだという。
「わかりましたか?」
「ええ……それならわかりましたけど、灰ってあの灰ですよね?竈に残っている……」
「正確に言うと、安定した品質を保つためにその灰も作っているらしく……まあ、そこをつつくと長くなるので端折りますが、結果としてはこのように透明で、まろやかな味の酒を造ることができました。工法もこのようにまとめてありますので、大量生産も可能です」
「でも……大量に作ると、希少価値は無くなりますね……」
そう答えたのは、お勝殿のお父上である桔梗屋さんだ。浅井家と共に越前に移ったことで、三国湊や敦賀湊で今や手広く商いをされていて、羽振りが良いと聞いている。無論、それは商人としては能力が高い証拠であるだろう。
そして、そんな彼の言葉を軽視できるほど、うちの人は暗愚ではない。
「ならば……数量を限定して生産することにしよう。樋口、この件頼めるか?」
「お任せください。桔梗屋殿と協力して、必ずや当家に利を齎しましょう!」
久しぶりに見るが、樋口もどうやら昔の姿を取り戻したようだ。政元様と阿吽の呼吸で、この件の対応を一手に引き受けることを約束した。
「さて……これで話はまとまったわけですし、もういいわよね?」
「ダメです。寧々様は昨日十分に飲んだでしょ?」
「なんで!?ちょっと位いいじゃない!」
本当に半兵衛は意地悪だ。飲んだと言っても、たった3合なのに……。
「まあ、いいではないか、半兵衛。どうせ、飲むと言っても、皆に分配すれば精々お猪口1杯分だ。それなら、いつものように大虎にはならぬだろう?」
「そうですね……では、仕方ありませんね。今日だけは許可を……」
やった!と思った。半兵衛はいかにも渋々ということだが、飲めばこちらのものだ。しかし、そんなことを思っていると……
「打ち合わせ中のところ申し訳ありません。只今、甲斐より武藤殿がご到着なされてご挨拶にと……」
「おお、それはちょうどよかった。甲斐の方にも飲んでいただき、感想をお聞きしましょう」
小姓である佐吉の言葉に反応して、本来わたしの手に渡るはずだったそのお猪口を武藤殿に回すと半兵衛は言い出した。無論、わたしは抵抗した。
「どうして!?それ、わたしのでしょ!なんで、武藤殿に飲ませるのよ!」
「何でと言われましても……寧々様はすでにたっぷりとお飲みになられていますよね?」
ならば、感想は言えるはずなので問題はないと、半兵衛は取り合ってくれなかった。ああ、わたしのお酒がぁ……。
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