第246話 寧々さん、謝罪を受けて謝罪をする

元亀2年(1571年)7月上旬 越前国府中 寧々


「誠に!誠に、申し訳ございませんでしたぁ!」


いきなりではあるが、今目の前でそう言って土下座をされているのは、近江国小谷城主の森三左衛門殿だ。隣には、勝蔵君も居て、頭を押さえつけられながら同じようにしている。


なぜ、彼らはこんなことをしているのか。それは、勝蔵君が織田家でも極秘扱いとなっている『万福丸の出自』という藪をつついてしまい、それを誰の許可も得ずに本人に伝えてしまったことだ。


もちろん、勝蔵君は万福丸に頼まれたからやっただけにすぎないのだが、万福丸が斯波家の血縁者でないことが公になれば、浅井家は幕府を謀った家ということになるし、下手をすれば、わたしも万福丸も咎めを受けることになる可能性がある。


そうなれば、信長様もこの森親子を処分しなければならなくなるだろう。つまり、この話は結構重い話だ。


「面を上げられよ、森殿。事情は承知いたしました。それで……情報を漏らした老婆は?」


「はっ!我が手の者によって捕らえて、小谷の座敷牢に入れております。……始末いたしましょうか?」


森殿は、恐る恐る政元様にお伺いを立てた。わたしとしては、万福丸の血縁者ゆえに命までは取る必要ないと思うが……


「無用である。ただし、十分な金子を与えた上で、この事は今後、誰に何を聞かれても他言しないことを命じてください。もし、従えなければ、命はないと脅したうえで……」


そこはやはり、お優しい政元様だ。もちろん、釘を刺しておく必要はあるが、それでも簡単に人の命を奪ったりはしない。


「承知いたしました。我が家より監視の者をつけておきますので、その辺りはどうかご心配なく……」


森殿はそう最後に約束して、勝蔵君を残して帰っていった。極秘の訪問なので、極秘のうちに帰らなければならない。特にお市様に知られると厄介であるため、きっと来たときのように虚無僧に変装することだろう。


「さて……勝蔵君」


「はい……」


「わかっているとは思いますが、万福丸の出自に関する秘密は他言無用ですよ?」


「もちろんです!この度は、本当に本当に、すみませんでした!」


先程は、父親の三左衛門殿に無理やり頭を下げさせられていたので、こうやって念を押しておく必要があると思っていたのだが、どうやら勝蔵君もまずいことをしたという自覚はあったようで、こうして詫びを入れてくれた。


ただ、こうも素直に謝られると、お姉さんとしては少し虐めたくなる。


「ねえ、勝蔵君。実はね、この話には続きがあるのよ。知りたい?」


「え……?」


「おい、寧々……何を言う気だ?」


「あら?わたしは、今回のお仕置きとして、勝蔵君にも共犯者になってもらおうと思っているのよ。おまえ様は反対なのかしら?」


「反対も何も……かようなお家が揺らぐような秘密を他家の人間に漏らすなどは……」


「おまえ様。勝蔵君は他家の人間じゃありませんよ。いずれ、莉々を猿夜叉丸様から奪って、駆け落ちする予定なのですから」


「な、なんだと!?」


予想通り、わたしの言葉を聞いた政元様は顔を真っ赤にして激怒なされた。無論、勝蔵殿は誤解を解こうと弁明をするが、多少の好意はあるのは事実なので、言い訳が言い訳になっていない。


「ですから!決してまだ、駆け落ちとか考えていませんから!」


「まだ!?まだとはなんだ!やはり、貴様……そのような不埒なことを……」


「それは言葉のあやで!」


そして、仕舞いには二人は追いかけっこを始めた。逃げる勝蔵君を必死に追いかける我が夫。あらあら、早さでは勝蔵君に適わないようね。うふふ、ああ……面白いわ。


「おや、寧々様。随分と楽し気ですな。しかし……お酒の匂いがいたしますね?」


「え?は、半兵衛……きょ、今日は、お城に行っていたんじゃ……」


「あいにく、用事ならばとっくに。……それで、如何ほどお飲みに?」


これはまずいことになったと思って、わたしは慌てて立ち上がる。そして、逃げに入ろうとしたところで、打掛の裾を踏まれて前のめりで転倒して、思いっきり顔だの鼻などを畳に打ちつけた。


「い、いたぁ!」


「それで……如何ほどお飲みに?」


こうなると、もう逃げようがなかった。勝蔵君は逃げきれて羨ましいなと思いながら、正直に「3合ほど」と答えた。


「全然大したことないわよ!見ての通り、素面だし……さっきの森殿への受け答えだって普通に……」


「では、これは何本に見えますか?」


「え……?えぇ……と、6本?って、痛い!やめて、こめかみは弱いのぉ!」


「飲んで、あの素面同然の対応は凄いとは思いますが……大事なお客様と真面目なお話をするのに、飲むとは何事ですか!」


「だって!お稲殿が試作品だと持ってきたから、飲んでいたら急に来たのよ!不可抗力よ!不・可・抗・力!!」


ただ、そんな言い訳がこの鬼に通じるはずもなく、かくして、今度はわたしのお仕置きの時間が始まるのだった……。

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