第245話 万福丸は、真実を読み解く

元亀2年(1571年)7月上旬 越前国府中郊外 斯波万福丸


円寿丸がもうすぐ田屋殿の家に養子に入るという。これは、猿夜叉丸様の後継者としての地位を盤石なものにするために、母上が考えられたことだと喜太郎は教えてくれた。それでお方様の機嫌が直ったという城中の噂話を付け加えて。


ただ……だからこそ思う。ボクはやはり、この家の子ではないと。


「いや……話が飛躍しすぎて、流石に意味がわかりませんよ。何で円寿丸様の養子話で、若がこの家の子ではない話になるのですか?」


まあ、喜太郎が理解できないのも無理はない。何しろ、母上は鎌倉の尼将軍並みの知恵者なのだ。凡人には少々難しかったようだ。


「考えてみてよ。ボクは長男だよね?」


「そうですね」


「じゃあ、何でボクの苗字は斯波なのか。竹松が名門斯波家の復興を掛けて、継ぐのならまだしも、長男のボクが継ぐのはおかしいと思わない?」


そう。だから、此度のやり方でわかったのだ。母上は、家の存続に邪魔になる庶子をこうやって当り障りのない家に押し込むのだと。お家騒動を防ぐために。


「考えすぎではないですか?第一、若が寧々様の子じゃなければ、どうして斯波家を相続しているのですか? 斯波家の血を引くのは、大蔵大輔様ではありませんよね?」


「そのあたりは、ボクも不思議に思っているところなんだけど、でも母上だろ?斯波が名門だろうが、あまり気にしなかったんじゃないかな。利用できるから単に使えばいいとかいう感じで」


「そんないい加減な話があるわけ……」


加えていうと、だからこそボクの婚約者が彩姫様になったのではないかとも思っている。奇妙丸様からのお手紙でも、弾正忠様はボクと釣り合いのとれた姫が他にもいるのに、態々斯波家に所縁のある女性を集めて、子作りに励まれたらしい。ただ、姫を得るためにと。


「……それで、その推測が当たっていたとして、若はどうされたいのですか?」


「きっと、どうもしないと思う。ボクは、父上と母上を慕っているし、例え本当の親子でなくても、終生孝行を尽くすつもりだ。だが……」


真実は知っておきたいと思う。突然、誰かに聞かされたり、それを理由に脅迫されても、狼狽えずに正しく対処するために。


「真実を知りたい……ということですか」


「そのために、すでに勝蔵殿に一つ頼んである……おっ!噂をすれば、影だな」


周囲に何もないこの野原に、勝蔵殿に連れられて一人の老婆がやってきた。ここにいるということは、その老婆がボクの出生の秘密を知る者ということなのだろう。


「おい、万福丸、連れてきたぜ!」


「ありがとうございます、勝蔵殿。流石は未来の義弟ですね。頼りになります」


「馬鹿……よせよ。俺と莉々はまだそんな関係じゃ……」


こうやってからかっているだけなのに、顔を真っ赤にして狼狽えられている勝蔵殿がボクは大好きだ。もちろん、莉々の婚約者は猿夜叉丸様だけど、二人は相性が悪いようだし、本当にこの人が義弟になってくれたらうれしいと思っている……。


「万福丸?」


「ああ、すみません。それで、この老婆は?」


「近江の今浜で反物を商っている大店の女将だ。この者の話が事実だと……おまえの母親 の叔母、つまり大叔母になるらしい」


「大叔母?」


動揺がなかったと言えば、嘘になるだろう。やはり、予想通り母上の子ではなかったのだから。そして、老婆はボクの本当の母上の話と、今の母上に預けられた経緯を話してくれた。奈津という本当の母上が流行り病で亡くなったため、まだ赤子だったボクを父上のところに連れて行ったのだと。


「それでは……父上は、本当の父上なのですね?」


「はい。わたしは、死んだ兄夫婦や奈津からもそう聞かされました。お城で恋仲となったが、玄蕃頭様が名門・斯波家の姫君を娶られることになったから、お城から下がることになったと……」


この話を聞いてボクはホッと胸をなでおろした。証拠に渡されたという家紋入りの守り刀は、確かに今、ボクの腰に差してある。言っていることは真実なのだろう。


「しかし……あの寧々様がよく許したな。莉々から聞いたけど、前に浮気したとき、般若になったって聞いたぞ?」


「でも、父上は狸鍋の具材にはなっていない。きっと、母上は何だかんだと言ってお許しになったのでしょうね。ボクの時も……」


そうじゃなければ、こんなに愛おしんでくれるわけがない。ボクは改めて母上に感謝して、より一層の孝行を尽くさねばと心に誓うのだった。

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