第243話 寧々さん、お家騒動の臭いに勘づく
元亀2年(1571年)6月中旬 越前国府中 寧々
庭先で竹松丸と茶々が一緒に散策しているのが見えた。咲いている花を見て共に笑っている様子なので、相性は悪くないようだ。
「ただ、顔がねぇ……」
竹松丸は、政元様に顔の面影が似ていて、しかもお腹が少し出ているから、見た目は子ダヌキだ。それはそれでかわいく見えないわけではないが、成長後の茶々が天下人を手玉に取るほどの美女となることを知っているだけに、親としては捨てられないか心配だ。
だから、乳母の春殿の息子である未来の大野修理は、いずれ万福丸の小姓にするために清洲へ送るつもりだ。他にも美少年が居れば、雑草を引き抜くように排除しなければならない。
「お姉様……」
そして、そんなことを思っていると、予定通りに妹のややが訪ねてきてくれた。だから、わたしは早速問うことにした。今回の急な縁組話の裏側で、一体何があったのかを。
「実は……」
少し言い辛そうにして語るややの話によると、先の北の庄での戦いで猿夜叉丸様が馬上でお漏らしをした話が城中に広まってしまって、家中に廃嫡して円寿丸様を擁立する、あるいはお市様にもう一人男児を出産して頂くことを希望する者たちがそれなりに増えているそうだ。
「なにそれ……お漏らししたからって、廃嫡って……」
これだから、頭の中まで筋肉な連中は……と、わたしは呆れる。お漏らししたらダメだと言うなら、同じことを京の将軍様にも言ってみろと言いたくなる。
それに、どこからそんな話が漏れたのだともわたしは思う。周りに居た兵たちには緘口令を敷いたし、着替えだって手伝ってあげたから、そんなに時間はかからなかったはずだ。
「もしかして、わたし……疑われていた?それで、あのような裏切るとか見捨てるとかいうお話に?」
「いえ、そういうわけでは……」
そして、ややは「情報源は、あの場に生き残っていた一揆勢の残党のようで」と答えた。
「ああ……確かに、生き残っていた者は居たかもしれないわね」
何しろ、死んだふりをして襲撃を仕掛けてくる者も居たのだ。同じように潜んでいて、あの時のやり取りを聞いた者が居ても不思議ではない。
だが、今、それを議論しても意味はない。
「それで……お市様は?」
「猿夜叉丸様がこの浅井家のお世継ぎであることをはっきりと示すために、岐阜の兄君に元服と片諱、さらには官位を求められました。しかし……」
「しかし?」
「岐阜のお屋形様は、万福丸のことには熱心にされるのに、猿夜叉丸様のことは未だに回答がなく……」
なるほど。それで、先日の八つ当たりに繋がったのだとわたしは理解した。ただ、気になることが一つある。それは、長政様はどのようにお考えなのかということだ。
「それが……先程言った元服の件を内緒で行っていたことがバレてしまって……」
「もしかして、殿のご不興を買ったのですか!?」
「はい……そのため、殿はこの2か月近く、お市様の元には参られずに八重殿の元にばかり足をお運びになられておりまして……」
それはまずいなと思って、わたしは青ざめた。そういう事情があるのなら、竹松丸と茶々のこの縁組も、長政様は御存じではない可能性があるということだ。そして、その事を追及すると、ややもそれが間違いではないことを認めた。
「……とにかく、殿に一度お会いするわ。今ももしかして、八重殿のところに?」
「ええ、恐らくは……って、お姉さま?どこに行かれるので。まさか……」
「直接乗り込んで、話をつけてくるわ。だから、あなたは留守番を……あの子たちをお願い」
「ちょ、ちょっと!」
後ろからややの声が聞こえたが、わたしは止まらない。このままでは、折角金ヶ崎を乗り越えたというのに、その努力を全部台無しにするお家騒動がこの浅井家に起こりかねないのだ。なんとしても、それだけは食い止めなければならない。
わたしは、馬に跨ると鞭を入れて、日野川の対岸にある八重殿のお屋敷に向かうのだった。
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