第239話 信長様は、万福丸の縁組打診を知らされて
元亀2年(1571年)4月下旬 美濃国岐阜城 織田信長
今朝、浅井左京大夫から書状が届いた。何でも、甲斐の武田信玄がお忍びで越前府中に来て、孫娘を万福丸に嫁がせたいと言ってきたとあった。そして、側室ではあるが俺の意向を伺いたいと。
「左京大夫殿は、真に義理堅いですな。そのようなこと、ご自分でお決めになられたらよろしいのに」
「左様左様。それよりも、お市様の和子であらせられる猿夜叉丸様の元服についてですが……」
居並ぶ重臣たちの中で、佐久間と林がどうでも良さげに発言したので、俺は一喝した。こいつらは、なぜ俺があんなに斯波の娘を集めて子作りをしていたのか、その重要性が全く分かっていない。全ては、あの神童を取り込み、次代の織田家を安定させるためだというのに。
「お屋形様……」
「権六か。そなたはどう思う。信玄の真意、どこにあると?」
「おそらくですが……」
権六はそう前置きして、万福丸との間に先に子を作らせて、その縁で武田の味方にしたいという思惑があるのではと言った。左京大夫は我らの側に立っているが、浅井家中に親武田派を作って、将来的に浅井家を中立的な立ち位置に引き戻そうとしているのかもと。
「それはまずいな……浅井は今や90万石の大大名だ。軽視してよい存在ではないぞ……」
「ですから、お屋形様。猿夜叉丸様の元服を早急に行い、浅井に恩を……」
「うるさい、佐久間!まだいうか、この糞たわけ!!」
はっきりいって、凡庸な猿夜叉丸などどうでもよい。あれが先々浅井のかじ取りをするのであれば、我が織田は何も心配することはないのだ。そして、問題は……やはり万福丸ということになる。信玄にも認められたというのであれば、やはり本物なのだろう。
「いっそのこと、彩をもう嫁がせるか?」
「おそれながら、彩姫様はまだ3歳の幼子にございます。越前は遠き場所でございますれば、流石にお可哀想では?」
そうだな。五郎左の申す通り、まだ母親が恋しい年ごろだ。いくらなんでも母親同伴で輿入れというわけにはいかないし、第一、彩は帰蝶のお気に入りだ。強行すれば、奥でひと騒動ありかねない。
「あの……畏れながら」
「なんだ、藤吉郎。何か良き思案が浮かんだのか?」
「はい。こういう策では如何でしょうか?」
藤吉郎は、嫁がせることは嫁がせるが、越前には送る必要はないのではないかと言い出した。具体的には、織田領内に万福丸の住む城と領地を準備して、そこに彩を住まわせたらと。
「この岐阜から遠くない場所であれば、万福丸様が来られないうちは、御母君も一緒に住めばよろしいでしょうし、来られた後も会いに行けないわけではありません。それに、これは浅井と武田への我が織田からの意思を示すことになります。織田は万福丸様を決して手放さないという……」
なるほどと思った。この策ならば、万福丸を浅井から切り離して我が織田家中に取り込むことができるし、武田の影響も我らの管理下に置いて、最小限に抑えることができるだろう。
「ただ……そうなると、与える城と領地だが、佐久間……国替えだ」
「はい!?」
「万福丸に尾張のうち、清洲城12万石とお前の領地、鳴海城18万石を丸々与えるゆえ、遅くても夏までには近江国粟田郡に移れ。石高は6万5千石とする」
「お、お待ちを……それでは、減封ではありませんか!何の理由があって、そのようなご無体なことを……」
「理由?……それはおまえが使えないからだ」
どうやら、これでも納得できないようなので、俺は告げてやる。先年の越前退去の折、なぜ朝倉の旧臣を置き去りにしたのかと。
「それは……浅井だって同じことを……」
「馬鹿垂れが!浅井はこの俺に先祖代々の領地を献上してでも尽くしたいと、いわば恩を売ってきたのだ。ならば、我らとしては天下人たる度量を示して、邪魔な者はこちらで片付けておくのが筋というものであろうが!それなのに……よくも、俺の顔に泥を塗ったな!」
「は、ははぁ!ま、誠に申し訳ありませんでした!そこまで考えが及びませんでした!」
佐久間は土下座して詫びを入れる。本当に使えない奴だ。いっそのこと、この場で改易して放逐するか?
「お屋形様……」
わかっている、権六。今は武田という難敵を抱えているからな。この辺で済ませるとしよう。だが、次は容赦しない。来る武田との戦で手を抜くようなら今度こそ……。
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