第232話 寧々さん、残った火種の後始末をする

元亀2年(1571年)3月下旬 近江国坂本城 寧々


信長様の説得が終わった後、幕府を代表して明智十兵衛、織田方の細川兵部、さらに虎哉和尚が加わり、叡山の正覚院豪盛と最終的な和睦交渉を行い、合意を得ることに成功。武田に備えるとして、織田の将兵は東へと列を作り、この坂本から去って行った。


「だけど……このままだと、いずれ焼き討ちされることになるわね」


先の坂本城攻撃に加わった叡山側の僧兵らは、約束通りに織田方に引き渡されて全員すでに処刑されてこの世にいないが、問題は参加しなかった浪人たちだ。彼らは未だ武装をしたまま、この和睦に不満を持っているのは想像に容易い。


それゆえに、この者たちが火種となって騒動をまた起こせば、今度こそ信長様の焼き討ちが起こるとわたしは見ている。


「とにかく、浪人たちを叡山から退去させねばなりませんな」


「しかし、松永様。どうやって退去させるのですか?」


「仕官の口を紹介する……申し訳ありませんが、これくらいしか思いつきませんな」


松永様はため息交じりでそうお話されたが、叡山に籠っている浪人の数は少なく見積もっても5千は下らず、もしかすると1万を超えているのかもしれない。少しくらいなら、浅井家でも受け入れてもと思ったが、流石にその数では全員を受け入れることは無理だとしか言えない。


「ならば……分散させては如何でしょう。例えば、若狭浅井家で500、越前浅井家で2千、松永家で1千とかいう感じに……」


「細川殿。そういうあなたも、受け入れるのですよね?」


「え……?」


「なんじゃ。他人事だと思って、適当に抜かしおったのか?困った奴じゃな」


何がおかしいのか、松永様はそう言い放って笑い始めた。すると、細川兵部は「うちも……1千ほど」などという答えを出してきた。


「……ですが、数だけ考えればそうかもしれませんが、相手は犬猫ではありませんからな。拒まれたら如何なさいますか?」


そう。虎哉和尚が今、仰せられたとおり、彼らにも心や矜持があり、ただ分担を決めて分ければいい話ではない。特に六角、浅井の者たちは、織田に追われた恨みがあり、朝倉の者たちは我が浅井に恨みを募らせているだろう。誘ったところで話を受けるとは限らない。


「一応はやるとして……それでも残った者はどうするか……か」


「あの……少々よろしいでしょうか?」


「十兵衛殿?」


「義昭公直属の軍を創設し、残った者はそこに仕官するように勧めては如何でしょうか?」


十兵衛殿が言うには、義昭公は神輿に過ぎなかったため、どの勢力からも恨まれていないゆえに、こうした話を持ち掛けたら受け入れてくれるのではないかということだった。


だが……その案に、わたしは素直に賛成できなかった。前世では、義昭公自身が信長様に対して挙兵されたのだ。そのため、兵を与えてしまえば、あとで面倒なことになるのではと。


「寧々殿はお気に召しませぬか?」


「ええ……すみませんが」


折角の提案ではあるが、賛成できないことをわたしは十兵衛殿に伝えた。すると、わたしの後ろから発言を求める声が聞こえた。慶次郎だ。


「慶次郎……?」


「寧々様、こういうのは如何でしょう」


慶次郎は、先程の十兵衛殿が申された提案を一部修正した。修正箇所は、義昭公の直属の軍ではなく、主上をお守りするための軍だ。


「近衛府、あるいは六衛府の復活ですか?それだと、今後主上自身が武家の争いに巻き込まれかねないのでは?」


「松永様。それでは、軍ではなくて、内裏や京の治安を守ることを目的とした組織では如何ですか?加えて、責任者は関白殿下といたせば、もし何かあっても主上を巻き込むことはないかと」


このわたしの意見が最終的に採用されて、この後、松永様と十兵衛殿が主導して、二条関白殿下のお預かりで新たな治安部隊を結成することが奏上されることとなった。


その際、主上から直々に授けられた隊の名は、『新選組』。


その栄誉に惹かれたのか、うちや他の家に仕官しなかった者たちも、最終的にはそのほとんどが初代局長となった十兵衛殿の説得に応じて参加することとなり、燻っていた火種の鎮火に成功。これにて織田と叡山の全面対決は、避けられたのであった。

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