第2話 寧々さん、ここが昔の尾張だと知る

????年 ???? 寧々


「しかし……ここってどこだろう?」


神社を出てあぜ道を歩く。遠くに町の光が見えているので、そこを目指して。ちなみに、藤吉郎さは追って来なかった。それはそれで、少し寂しくは思ったが、そうしていると……


「寧々!」


「姉様!」


従兄の長吉と妹のややの声が聞こえてきた。どちらも、わたしよりも先に逝った故人である。


「二人とも久しぶり。死んだ後で聞くのもなんだけど、元気にしていた?」


「「はい?」」


松明を片手に合流してきた二人だが、どういうわけか狐につままれたような不思議そうな顔をした。そして、口々に言う。一体何を言っているのかと。


「そんなことよりも、姉様!母上がお怒りですよ。まさかと思いますけど、藤吉郎殿と……すでにヤってはいませんよね?」


もし、そんな話になっていたなら、母が「勘当する」と言っていたとややは伝えてきた。ただ……この会話。どこかで聞いた記憶があった。


(確か……あのときは、すでに求婚を受けて処女を散らしていたから、この後どうしようってこの二人に相談したっけ……?)


でも……それは遥か昔、永禄4年(1561年)の夏のことだ。そして、不意に気づく。先程の藤吉郎さとの逢瀬もそうだが、目の前の二人はあの頃のように若いし、その向こうに見える景色もあの頃と同じことに。


「えぇ……と、やや。少し確認したんだけど……今、何年でここはどこかしら?」


「はあ!?ね、姉様?ちょっと大丈夫?」


「もしかして、藤吉郎殿に無理やりヤられて、頭がおかしくなったというわけではあるまいな?それなら……」


「ちょ、ちょっと待って!長吉、それはないから!」


だから、まずは刀から手を放すようにと言うと、二人がさらに驚いたような顔をした。


「どうしたの?」


「だって、姉様。弥兵衛様の諱を……しかも、呼び捨てになされたでしょ?『どうしたの』って言いたいのはわたしたちの方よ」


「あ……」


そう言えば、永禄4年当時は仮名である「弥兵衛様」と呼んでいたなと思い出した。何しろ、彼の方が年上で、まだややと結婚していない以上、わたしはまだ義姉ではないのだ。


「ごめんなさい、諱を……しかも呼び捨てなんかして」


「あっ、別にいいよ。大した話ではないからね。それで……本当に藤吉郎殿とは何もなかったんだね?」


「ええ、何もなかったわ。あ……でも、求婚されたけど、思いっきり振ってきたから、何もなかったというわけではないか」


「「へっ!?」」


わたしの答えがそんなに予想外だったのだろうか。二人は同時に声を上げて、まるで「これは一体どういうことなの?」と言わんばかりに不思議そうな顔をして見つめ合っている。


(そういえば、藤吉郎さと神社で体を重ねた日って、わたし母と大喧嘩して、「絶対に一緒になるんだ」って宣言して家を飛び出したんだったわ……)


そんな目の前の二人を見て、不意に六十年以上前の話だというのに、記憶がよみがえってきた。おそらく、今のややたちからすれば、意味が分からないことだらけだろう。まさに急転直下の展開といった話だ。


(だが……それよりも……)


これまでの会話で、今の自分が置かれている状態におおよその目星はついていた。あとは、それが正しいのか答え合わせをする。


「そんなことよりも……お願い、答えて。今は永禄4年で、あの光は尾張国清洲の城下。そうよね?」


「え、ええ……もちろんそうだけど……」


不思議そうにするややに悪いが、その言葉で確信した。ここが過去の世界であることを。

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