第1章 尾張編

第1話 寧々さん、藤吉郎を振る

????年 ???? 寧々


「え……?」


記憶の再生が終わり、意識が消失したと思ったら、どういうわけなのか隣に死んだはずの藤吉郎さが座っていた。しかも……出会った頃の若い姿で。


「ん?寧々殿。わしの顔になんかついておるのかの?」


「ついているって……」


その顔立ちは、出会ったばかりの若い頃の姿でとても懐かしい。しかも、辺りを見渡せば、ここはかつて求婚された神社であることにも気づく。


(これは一体……)


だから、不思議そうにこちらを見る藤吉郎さに何も答えることができず、ただただ唖然とするしかできなかった。もしかしたら、ここが死後の世界なのかとも思わないでもないが、それならまたこの人に振り回されるのかと少しウンザリもした。


だが、そんなこちらの気持ちも知らずに藤吉郎さは、話を続ける。しかも、意を決したような真剣なまなざしで。


「なあ、寧々殿。わしは必ずひとかどの侍……いや、一国一城の主になってみせる。だから……寧々殿の作った味噌汁を飲ませてくれんか!」


「…………」


「寧々殿?」


ああ、そう言えば、この人が長浜城主になってから作ってあげていないなと思い、それくらいならばと「今度作ってあげるわ」と返事をした。正直、あまり料理は得意じゃないけど、そこまでどうしても飲みたいというのなら、やぶさかではないと。


「あ……いや、そういう意味ではなくて……」


「え……?」


だが、藤吉郎さは何かわたしが勘違いしているようにそう言った。味噌汁が飲みたいから言ったのではなく、その様子からすると別の意味があるようだ。


そして……その時ふと思い出した。この情景は、藤吉郎さに求婚されたときと同じであることに。


「あの……もしかして、わたしにまた求婚を?」


「は、はい……あの、必ず幸せにします。浮気もしません。だから……」


「お願いします」と頭を下げる藤吉郎さについため息が出てしまう。あれだけ散々あちらこちらで浮気をしておいて、何をぬかすのかと。


「あの……寧々殿?」


「藤吉郎さ。わたし、何度言われても、もうあなたと一緒になんかなりません」


「え……?なんで?」


あの世に来てまで、また求婚されて嬉しくないわけではないが、もう天下人の妻は御免なのだ。藤吉郎さが驚き、続けて泣きそうな顔をするが、気持ちは変わらなかった。だから、何も答えずに立ち上がった。もはやこの場に居ても何も良いことはないだろうと。


「待ってくれ!わしには寧々殿が必要なんじゃ!頼む!このとおり、妻になってくれ!」


そのまま立ち去ろうとするわたしの前に、藤吉郎さは土下座もする。しかし、浮気がバレる度に何度も見た光景なので、心が動くはずもなく……


「それじゃ……さようなら」


未練が残らないように敢えて冷たく言い放って、ひとりで神社を後にする。


「寧々殿!?ま、待ってくれ!!」


後ろから藤吉郎さの必死な声が聞こえたが、立ち止まりもしなければ振り返りもしなかった。

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