第29話 落下


 大盤振る舞いした宝珠は数十個。その全てを発動し、吸血鬼退治を成し遂げたかのように思えたが・・・そんな簡単にはいかないらしい。

 爆心地には何もなかった。跡形もなく吹き飛んだ・・・わけではない。



 「逃げられたか」



 言葉にして再認識する。この程度で円卓の一角は崩せない。不死性の高い吸血鬼なら尚のこと。だが、あの傷で短時間の戦線復帰はあり得ない。出来れば止めを刺したかったが・・・そこまで求めるのは贅沢過ぎるか。本来の目的を果たすとしよう。

 それからは特に妨害を受けることなく、浮遊制御室に到着。直後に扉を開けるなりファイアーボールを放つ。躊躇いなどせず。何度も。何度も。

 かなり頑丈に作られた施設も、さすがに耐えられなくなり、あちこちで機械が誘爆していく。・・・足元が揺れている。浮遊を維持できず、落下が始まったのだ。これでアークワンドという空中都市はなくなる。永遠に。

 ・・・・・・案外、こうしてみると呆気ないもんだな。おっと、浸ってる場合じゃなかった。さっさと脱出しなくては。退路はララが確保してあると言っていたな。死霊術師の奴、無事に合流できる状態なのか?

 少しだけ心配しつつも、円卓同士の殺し合いに首を突っ込む気はサラサラない。なので地上へ降りられる転移陣がある場所までひた走る。

 幸い、途中で黒騎士とかに遭遇することなく、無事に到着。転移陣の傍にはララが佇んでいた。



 「おかあさん・・・ますたーは?」



 「まだ来てないのか?」



 こくりと頷く褐色幼女。まだ狂戦士との戦闘を切り上げられないという事は、苦戦している?・・・竜操士からの連戦だから当然か。



 「ギリギリまで待つか・・・ララは先に行っていいぞ」



 「ぼくものこる」



 短い返答。だが、それだけに意思の固さも感じ取れた。ならば、共に待つとしよう。

 足元は刻一刻と不安定になっていく。急激な落下ではなく緩やかにだが、そのぶん落ちているという実感が増幅される。下はユトラ湖だが、落下時の衝撃は大地と変わりないだろう。・・・つまり、死は避けられない。このままなら。おそらくだが、復活派の連中も離脱したはず。死霊術師め、やられたか?

 最悪の状況を想定した矢先、全身ボロボロの筋肉だるまが姿を現す。・・・竜操士の時とは違い、幾つか致命的な怪我を負っている。こいつ、こんな状態でよくもここまで来れたな。いつ死んでもおかしくないぞ。



 「・・・あらん?まだ残ってたのん?さっさと・・・逃げなさいな」



 いつもの軽口を叩く余裕はなかった。そのままズルズルと地面に崩れ落ちる死霊術師。



 「おかあさん、ますたーが」



 ララが無表情で・・・けれど、どこか困ったようにオレを見上げる。ここは安心させる意味合いを込めて、その頭を撫でた。



 「大丈夫、死霊術師がこの程度で死ぬわけないだろ」



 放置すれば間違いなく死ぬ状態だが、生憎と死なせる気はない。こいつにはまだまだ役に立ってもらわないとな。

 オレは惜しげもなく回復薬を使い、死霊術師の傷を癒す。



 「・・・・・・これは・・・」



 さすがの効果に、死霊術師も唖然としている。致命的であった傷さえも傷跡なく癒えたのだ。そんな反応にもなる。だが、宝具級の薬でも精神的な疲労までは癒せない。疲れ切っていたであろう死霊術師は、傷が癒えて安心したのか。口を開くことなく意識を失った。



 「ますたー?」



 ララの呼びかけにも無反応。



 「当面は安静にしていれば問題ないはず。ララ、地上へ降りるぞ」



 もうここに用はない。長居は無用。ララは頷き、転移陣を作動する。



 「さきにいって、あんぜんをかくほしてくる」



 颯爽と転移陣の上に乗り、ララの姿は搔き消えた。



 「・・・こいつの運搬はオレの役目ってわけね」



 図体がデカい。その分、体重も比例する。・・・こんな時こそ、ステータスアップ効果アイテムの出番だ。一気に飲み干し、死霊術師を肩に担ぐ。

 三十秒ほどの間を空けて、オレは転移陣の上に乗る。そして眼前の景色は一瞬で一変する。転移先は隠された洞穴。魔物の住処になっているかもという危惧はあったが・・・ララが片付けてくれたようだ。足元には熊のような魔物の死骸が倒れ伏していた。

 とりあえず安全は確保されているようなので、死霊術師を降ろす。追跡の可能性もあるので、地面に刻まれた転移陣を徹底的に破壊。・・・これでようやく一安心。そして光が差し込む外の方へと歩き出す。

 出入り口の傍ではララが警戒しているのか、キョロキョロと周囲を見渡している。



 「どうだ、外の様子は?」



 「・・・あれいがいは、もんだいなし」



 ララが指さした方角には、今この瞬間にもゆっくりと落ちていく空中都市が見えた。



 「距離はそれなりにあるが、ここも危険だな」



 落下時の衝撃と共にユトラ湖の水が周辺に押し寄せるのは必定。ここで小休止したいが、避難しないと溺死してしまう。



 「・・・あっちに、こだかいおかがあるよ」



 「とりあえず、そこを目指そう。先行してくれるか?」



 「わかった」



 頷くと同時に褐色幼女が駆け出す。頼りになるな。・・・さて、オレももうひと頑張りするか。オレは再び死霊術師を運搬する為、洞穴の中へと戻った。



◇◆◇◆◇◆


魔人視点。



 アークワンドが落ちた。この世界唯一であろう空中都市があっさりと。

 落下時の余波で周辺国には甚大な被害が出たらしいが、我々には関係ない。



 「・・・・・・・・・あまり落ち込んではいませんね、魔人殿は」



 巫女が探るような目で私を見つめている。



 「いや、こう見えて落ち込んでいるさ。せっかく我々復活派に相応しい本拠地が手に入ったと思ったのだが・・・なかなか思い通りにはいかないな」



 どうやら空中都市の所有者は、我々に渡すくらいなら落とした方がマシだと決断したようだ。その気持ちはわかる。私も同じ立場ならそうしたに違いないのだから。

 だが・・・ここまで思い切りよく、豪快に落とすとは。しかも即断で。私でも少しは迷う。あれ程までの見事な空中都市は唯一無二・・・・・・・・・いや、待てよ?



 「他にも存在する?」



 アークワンドと同様の拠点が。もしかすると、それ以上のモノが。

 そうでなければ、あそこまで未練なく捨て去ることは出来ない・・・はずだ。探索する価値はあるか。ならば必要なのは人手だが・・・。



 「他のメンバーは無事に脱出したか?」



 私と共に脱出したのは巫女と竜操士だけ。他のメンバーは不明だ。まあ、あの連中が簡単に死ぬとは思えないが。

 私の問いかけに、巫女は目を閉じ、集中して行方を探っている。



 「・・・・・・各々で脱出したようです。ただ、現在地はバラバラですね」



 「そうか」



 まあ、あいつらが律儀に集団行動などするわけないのは分かってた。個性が強いだけに衝突しがちだ。下手をすれば敵を潰す前に味方同士で殺し合いを始めかねない。全員無事なら、そうはならなかったようだな。

  しかし・・・散らばった連中が大人しく再集合するような、そんな殊勝な心がけを持つ奴らでもないのは確かだ。このままなし崩し的に各々で好き勝手に動き出すはず。人手は期待できないな。

 私の指示に素直に従うのは巫女と竜操士ぐらいだ。・・・この二人も、私に従うのは一時的なものだろう。

 父上の実子だから。理由はそれだけ。私自身に心酔もしていなければ、忠誠など誓うわけもない。・・・私には父上ほどのカリスマ性も、実力もないのだから。

 やはり一刻も早く父上に、魔王クロウリー様に復活していただかなければ!

 このままでは父上が残してくれたもの全てが雲散霧消する。ただでさえ円卓内で封印派などと名乗る連中と分裂し、弱体化しているのだ。これ以上は許容できない。

 ・・・・・・最近では人間勢力も水面下でちょっかいをかけてきている。父上を封印した英雄どもが再び暗躍し始めたのだろう。

 円卓メンバーを一丸にする。あの空中都市を手に入れれば、その第一歩になるはずだった。目論見は無残にも砕け散ってしまったが。



 「・・・すまんな、竜操士。一年がかりの計画も、崩壊は一瞬だった」



 私の謝罪に、今まで口を閉ざしていた竜操士が



 「気にするな。・・・次の手立ては考えてあるんだろ?」



 これからどうするのかと、先を促してくる。もし仮に何もないと言ったら、竜操士はこの場から立ち去るのだろうか?それとも一緒に考えてくれる?・・・こいつの場合、後者だろうな。



 「ある。だが、その為には人手が欲しい」



 「人手、ですか?」



 巫女が怪訝そうに聞き返してくる。



 「探索だからな。ある程度の知恵は欲しい。・・・過去の文献、資料の解析は私が担当しよう」



 「文献?資料?・・・過去の遺物でも掘り起こす気か?」



 「半分当たりだ、竜操士。だが、探すのは遺跡だ。もしくはアークワンドのような、創設から創造神が絡んだ都市だな」



 私の意図をしっかりとつかんだのだろう、巫女がそういう事ですかと納得している。



 「つまり魔人殿は、アークワンド以外にも空中都市があると睨んでいるのですね」



 「そうだ。そして十中八九それは存在する」



 確証はない。だが、おそらく私の推測は当たっているだろうという自信はある。



 「・・・・・・確かに、それを探索するには人手がいるな。狂戦士は・・・言うだけ無駄だろうから、吸血鬼と黒騎士にはワシから伝えておこう」



 竜操士は早速、行動に移ってくれた。



 「では、私は大陸各地から文献、資料を集めましょう。精査は任せますよ、魔人殿」



 そして巫女も。



 「ああ、任せてくれ。全てはクロウリー様の為に」



 二人の背を見送ろうとして



 「そうはさせん」



 「ぐっっ!??」



 乱入者の槍の穂先が巫女の腹部を突き破る。そのまま倒れる事すら許されず、大量の血が流れ落ちていく。一目見てわかる。あれは致命傷だ。



 「貴様!!」



 竜操士が即座に動く。突然の乱入者めがけて、稲妻のような槍の一突きを放つ。だが、その雷速にも劣らぬ突きは、無情にも盾に阻まれる。しかも敵ながら見事な受け流し。体勢を大きく崩された竜操士は誰の目から見ても隙だらけ。・・・それを敵が見逃す道理は一切なし。

 戦斧が竜操士の腹に直撃し、一瞬の後に両断。上半身と下半身が斬撃の余波で吹き飛んでいく。・・・いかに竜人といえど、あれは駄目だ。巫女の生死も横目で確認するが・・・ピクリとも動かない。槍が引き抜かれ、その肉体は力なく地面に崩れ落ちた。



 「・・・・・・囲まれていたか」



 舌打ちは我慢した。周囲には五人。それぞれが強い。・・・・・・その中でも、一人だけ別格がいた。巫女を殺した男だ。黒髪、黒目、黒のフルアーマー。手にした槍だけが青い。その青も、今は血の赤でまだら模様になっているが。

 何者だ、こいつは?こいつに比べれば他の四人はオマケだ。だが、そのオマケですら私と同格。つまり、あの黒髪の男は父上と同格?・・・あり得ない!

 だが、否定しきれない。黒髪の男の存在感はそれほどまでに圧倒的だった。

 一方的に気圧されている?魔人たる私が?ただの人間に!?



 「残るは貴様だけか・・・構えろ。どうせ逃げられはしないぞ」



 逃がす気もないがと、黒髪の男が槍を私に突き付ける。・・・確証は持てないが、あの槍はもしかして神器級?それにあのフルアーマーも?なんだ、こいつは!?

 周囲を見回す。右には戦斧を肩に担いだ戦士。左には槍と盾を構えた騎士。背後には双剣の剣士と魔法使いの女。・・・このパーティー構成はまさか。



 「『四聖』・・・!」



 父上を、魔王クロウリーを封印した元凶!



 「へえ、俺らも有名になったもんだ」



 戦斧を担いだ戦士が軽口を叩く。こいつが『戦聖』。騎士が『騎聖』で、剣士が『剣聖』か。ならば残る女が『魔聖』だろう。・・・その『四聖』を率いるあの男は何者だ?あのような人間、見たことも聞いたこともない。ましてや魔王討伐の時にもいなかったはず。なのに、何故リーダーのように振る舞っている?



 「構えないのか?・・・・・・死ぬぞ」



 黒髪の男が言い放った直後、神速ともいえる突きが襲い掛かる。竜操士の一撃とは比べるまでもなく鋭く、速い。私は咄嗟に左腕を突き出す。



 「・・・・・・馬鹿な」



 何重にも魔法障壁を張って防いだのに、たった一突きでその全てを突破された。それだけで終わらず、突き出した左腕は高々と舞い上がり・・・・・・落ちた。

 痛みを感じる暇も、衝撃を感じる贅沢も許されなかった。すぐさま右腕を突き出した矢先、右腕ごと槍で吹き飛ばされる。・・・・・・・・・見えなかった。何も。格が違い過ぎる。

 魔法の極致が父上ならば、武の極致こそ眼前の男に違いあるまい。そう確信させるほどの槍捌きだった。

 創造神は、こんな人間を創ったのか?よりにもよって、人間勢力に。

 この男には円卓メンバー全員であたらなければ勝てない。そしてもはや円卓は欠けた。勝機は万に一つもなくなったのだ。今日、この瞬間に。



 「遺言はあるか?」



 一突きで殺しきれなかったことへの償いのつもりか?苦しみを長引かせた贖罪とでも?



 「糞くらえ」



 そんなものは必要ない。



 「そうか」



 一言短く応答し、魔人より魔人の男の一突きが、私の顔面を吹きとばーーーー



◆◇◆◇◆◇◆



 「魔王の幹部級の部下は・・・円卓と言ったか。総勢何名で構成されている?」



 黒髪の男、勇者シヴァが『魔聖』ディースに問う。



 「十三人です。残りは十人ですね」



 勇者であるシヴァに、『四聖』は残党狩りに付き合わせる気は毛頭なかった。だが、当の本人が率先して動くのだ。四人に止める術はない。



 「ならば残りを探してくれ。・・・魔王の残党がいる限り、人類に真の意味で平和はこない。一刻も早く、根絶やしにしなければ」



 「それを神様が求めてらっしゃると」



 『戦聖』グラドがまたも軽口を叩く。神など欠片も信仰していない男らしい言い草だ。ディースがそれを視線だけで窘める。『剣聖』クラウスは参ったなと、そのやり取りに頭を掻く。『騎聖』ソルトは不動のまま、その成り行きを見守るのみ。

 シヴァは力強く頷く。



 「人間による、人間の為の世界。神はそれを望んでいる。私もそうだ。きっと諸君も。だからこそこうして協力し合えている。国の垣根を越えて」



 「「「「・・・・・・」」」」



 四人が四人とも、複雑な表情を浮かべる。事情は人それぞれ。勇者のように、そう簡単には割り切れない。各々には各々の柵(しがらみ)があるのだから。



 「・・・向こうに魔の気配がする。行こう」



 神の導きか、それとも託宣か。勇者シヴァは魔の気配というあやふやな感覚で行き先を一方的に決定する。今までそれが間違っていたことはないので、今回も『四聖』は無条件でその後に続く。それが人類の為になると信じて。




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仮想世界の元創造神 赤っ鼻 @kaname08

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