第28話 追跡


 黒騎士視点



 死霊術師と小娘は、地下へと向かった。小娘の方はともかく、あの死霊術師がこのまま大人しく去るわけがない。魔人は少々、甘すぎる。いずれあの甘さが原因で足をすくわれるかもな。



 「俺様が死霊術師を狩らせてもらうぜ、黒騎士」



 ・・・狂戦士は相も変わらず血に飢えている。品性は欠片もないが、強いのは確かだ。こういう類の輩は好きにやらせた方がいい働きをする。同時に失敗も多いが。さて、今回はどちらに転ぶか?



 「好きにしろ。邪魔する気はない」



 個人的に用があるのは小娘の方だ。死霊術師はくれてやる。・・・戦狂いに奴を殺せるとは思えんしな。 



 「けけけっ、楽しみだぜ!」



 興奮して単独先行する狂戦士。さて、狩られるのはどちらになるやら。



◆◇◆◇◆◇



 死霊術師がチラリと後方を見やる。



 「・・・追ってくるわねん。ケモノの荒い息遣いが聞こえてくるわ」



 「地下へ潜って早速か。簡単には逃がしてくれないな」



 「それで、今はどこに向かっているのん?」 



 地下通路を駆け抜け続ける。目的地はまだ遠い。



 「浮遊制御施設だ。そこを破壊すれば、空中都市は自然と落下する」



 「いいのん、落として?制御施設とやらを壊したら、二度とこの都市は浮上できないんでしょ?」



 「構わない。復活派の連中に悪用されるくらいなら、沈めてもいい」



 そこまで愛着のある場所ではないしな。・・・むしろいい思い出がない。



 「・・・サッパリしてるわねん。こんな見事な空中都市を、そこまで未練なく捨てることが出来るなんて」



 「アンタは拠点に固執するタイプだったのか?」



 オレと違い、一年間ここで過ごしたからセンチメンタルな気分になっている?



 「惜しいとは思うわ。こんな凄い拠点、二つとないでしょうからねん」



 ・・・いや、幾つかはある。むしろここよりも凄い拠点が。わざわざ口に出したりはしないが。



 「そういえば、ララを見かけないな」



 話題を逸らすため、そして同時に気にかかっていたララの行方を確認する。



 「先行してもらって、退路の確保をお願いしてあるわ」



 「へえ、てっきり足止め要員にすると思ってた」



 「そんな勿体ない使い方しないわよん。・・・足止めに使っても、追ってくる相手がアレだと長くはもたないでしょ」



 追跡者の足音がドンドン大きくなっている。だいぶ距離を詰められてきたな。



 「そろそろ覚悟を決めるか」



 このまま逃げ切れるとは最初から思っていない。



 「多分、狂戦士ちゃんはわたくしを目掛けてくるわ。アーシャちゃん、黒騎士が相手だけど大丈夫?」



 「大丈夫ではないな。・・・まあ、何とかするさ」



 まともにやり合えば、すぐに負ける未来が見える。創意工夫で何とかこの難所を乗り切るとしよう。



 「・・・・・・くるわよん!」



 「見つけたぜ、死霊術師!」



 それはまさに暴風の如く襲い掛かってきた。武器も持たず、その身一つで死霊術師に飛び掛かる。隣を並走していたはずなのに、いつの間にかオレを置いて通り過ぎていく。その余波だけでオレはバランスを崩し、地面に膝をつく始末。



 「なんて無茶苦茶な・・・!」



 あれが円卓の切り込み隊長の双璧の一枚。凄まじい勢い。あんな嵐のような通り魔、生半可な覚悟では止められない。問答無用で連れていかれた死霊術師は・・・自分で何とかするか。他人の心配よりも自分だな。



 「ようやく会えたな」



 オレにとっては嵐が通り過ぎてからが本番なのだから。



 「・・・・・・」



 感動の再会で、嬉しくて泣きそう。・・・そんな雰囲気は欠片もない。むしろ殺伐としてる。



 「キラに面白い玩具を付けたな。中々に傑作だったぞ。大いに笑った」



 少しも面白くなさそうに語ってるけどな。笑ったところも想像できないし。それにしても玩具、か。隷属の首輪なら限界突破者も関係ないが、服属の首輪しか知らないなら、そういう扱いにもなるか。



 「・・・死霊術師の首にはめられた物は、キラとは違った。あれもお前の玩具か?」



 「!?」



 違う、こいつ見抜いてやがる!



 「お前は色々と興味深い玩具を持っているようだな。・・・以前の時は隠し持っていたのか?それともこの空中都市で見つけたのか?」



 ・・・探っている。オレの秘密を。



 「水龍もお前が殺したと聞いた。・・・どうやって殺した?小細工でどうにか出来る相手じゃなかったはずだ。その程度なら苦労してない。答えろ」



 「・・・・・・」



 オレは黒騎士の問いに沈黙で応える。その態度が気にくわなかったのだろう。黒騎士が無造作に間合いを詰めてくる。オレは剣で斬りかかるが、あっさりといなされ、首を掴まれる。そして、そのまま壁に叩きつけられた。



 「・・・お前はこんなにも弱い。このまま力を籠めれば細首は容易く折れる。それなのに・・・・・・お前は上級龍を殺せた。何故だ?どうやって?」



 鬼気迫る様子で問いただしてくる黒騎士。随分と龍殺しを成し遂げた方法にこだわっている。黒騎士も上級龍を殺したいのか?なぜ?・・・少なくとも、その方法を知るまではオレを殺せない。殺す気なら、とっくに首を折っている。だが、今も絶妙な力加減で拘束するのみ。

 おかげで喋れるし、詠唱も可能。



 「異界より来たれ、解き放つ」



 「召喚石?」



 アイテムボックスから密かに取り出し、地面に落とした召喚石がひび割れる。今回呼び出した魔物は今までの雑魚ではない。レベルにして六十。円卓とそん色ない化け物。勿論、今のオレに制御など出来ない魔物だ。する気もない。だから、全力で逃げる!

 虚を突かれた黒騎士に、ファイアーボールを一方的にプレゼント。お返しはいらないぞっと!

 至近距離で放ったのでオレにも少なからず火傷やダメージ判定が入るが、この程度なら安いもの。必要経費と割り切る。



 「黒騎士をやれ!」



 「ぶぼまskふぁh!!」



 当然だが、格下であるオレの命令を魔物が聞くわけないし、従う道理もない。あくまで今のは命令したフリだ。黒騎士を一瞬でも騙せるならフリでいいのだ。



 「っつ、どういう理屈だこれは!?」



 「dkhgffまyr!」



 ただでさえ苛立っていた魔物が、黒騎士の殺気に反応し、襲い掛かる。よし、これで時間が稼げる。半分くらいは運任せの状況だったが、うまくいった。浮遊施設に急ぐとしよう。・・・ついでだ、足止めとして百以上の魔物を通路に配置しておこう。雑魚ばかりだが、更なる時間稼ぎ兼イヤがらせにはなる。

 浮遊施設へ向かう道中、死霊術師と狂戦士の姿は見当たらない。狂戦士は筋肉だるまに丸投げだ。優先順位は空中都市の落下。構わず先へ進もうとして・・・足を止める。



 「あの二人を撒いたのかい?君、すごいね」



 視線の先には、病的なまでに肌が白い円卓の吸血鬼が、壁に寄りかかっていた。追ってくる確率は五分五分。・・・今回はそういう気分だったという事。思わず悪態をつきたくなったが、そんなものに意味はない。どうにか打開しないとな、この状況を。

 微笑を浮かべる吸血鬼。中性的な出で立ちで、男か女かはっきりわからない。男と言われれば男に思えるし、女と言われれば女に思える。・・・どうにも受け手次第で本人はこうであってほしいという願望を演じるタイプに思える。一方的な偏見だが。死霊術師と同じで本心が見えない。



 「君、人間とは思えないくらい美人だね。本当に人間?」



 言葉遣いや声でも性別の判別がつかない。ここまで徹底していると本人のポリシーというか、美学を感じる。



 「初めは同族かと思ったよ。まるで・・・作り物じみた美貌だったから」



 言葉で揺さぶり、こちらを動揺させる気か。それにしても鋭い。オレの外見を一つの作品として捉えている。天然物ではなく、人工物と。



 「その外見・・・細部にまで拘ったのがわかる。とてもね。私も自身の外見には一切の妥協をしなかった。その結果が今の容姿さ。どうかな、私の作品は?」



 人外の美貌・・・とまではいかないが、すれ違う人々の視線を引く容姿だ。現実世界で見かけたら、間違いなく振り返る。



 「・・・美しいね。美人と言って差し支えない程に」



 人間かどうかはこの際、関係ない。眼前の吸血鬼は美醜を問うている。私は美しいか?それとも醜いかと。



 「ありがとう、嬉しいよ」



 醜いと答えていたらどうなっただろう?鬼の形相で殺しに来ただろうか?怖いから試したりはしないが。



 「この空中都市は美しいね。わたしは美しいものが大好きでね。美しい人、美しい風景、美しい音。全てが尊い」



 その美しいものとやらには、自分自身も含まれているんだろうな。重度のナルシストか、この吸血鬼。



 「・・・君は、それを壊そうとしているんだろう?」



 ・・・これが本題か。



 「君は、奪う気なのだろう?」



 最初に奪ったのはお前らだろ。



 「君は、敵だろう?」



 これは吸血鬼なりの儀式か何かか?理由がないと、納得できないと戦えない面倒くさい奴か。さっきの言葉は訂正だ。こいつの本心は丸見え。そういう奴は、総じて浅く、薄っぺらい人間性の持ち主だ。



 「なら、殺さないとね」



 どうやら、自己暗示という名の儀式は終わったらしい。仰々しくマントを広げるとその中から無数の蝙蝠が飛んでくる。視界一面を覆いつくす黒の塊。回避は不可能。範囲が広すぎる。ならば防ぐしかない。正面だけでは駄目だ。自分の全周囲を囲わないと、回り込まれる。バリアー魔法を張り、当面の危機を乗り越えるが・・・完全に過ぎ去ったわけではない。今もなお、オレの全周囲には蝙蝠が群がっている。この瞬間も、包み込んで、圧力をかけてくる。・・・このままだとバリアーが持たない。

 刻一刻とバリアーが嫌な音を立てて、綻びていくのが目に見えてわかる。砕かれたら圧殺されるな。・・・ゾッとする殺され方だ。美しいとはかけ離れている。



 『君という作品が無残に壊されていく・・・その過程もまた美しい。美しいものがどんどん醜悪になっていく様は滑稽だ。ああ・・・何と甘美!きっとこの感情に味を付けるとしたら、それはとても濃密な蜜の味だろう』



 自分の感性に酔いしれ、浸ってやがる。さすが重度のナルシスト。自分だけの世界観が完成している。きっと人生を楽しんでいるに違いない。心の底から。自分以外の全てを踏みにじって。



 『さあ、壊れろ!こわれろ!コワレロ!壊れろ!こわれろ!コワレロ!私以外の美しいものは壊れてしまえ!美しい風景も闇で塗りつぶす!美しい音は私だけが奏でる!尊いのは私だけ!この美しい都市も、いずれは私だけのものにする!』



 狂騒し、狂笑する吸血鬼。言ってることがヤバすぎる。欲望の化身かよ。あれもこれも欲しがるなんて、子供か。・・・そんな子供も我慢の限界が来たらしい。圧力が増した。それも強力に。そして・・・・・・無情にもバリアーは砕け散る。



 『いただきます』



 無数の蝙蝠が群がり、たった一人の人間を嚙み千切り、食い千切る。肉の一片すら残さない勢いで。



 『あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃははyっはyはやははあjはあgっはははははあh』



 品性の欠片もない笑い声だ。美しくない。



 『・・・・・・・・・あっ?』



 そして、ようやく気付いたか。



 『幻覚魔法?・・・私の目を騙した?私の至高の審美眼を?たかがこの程度の幻覚で?』



 無数の蝙蝠は再び一つとなり、吸血鬼が一人佇む。オレはその様子を、短距離転移魔法で少し離れた場所へ移動し、観察していた。下級幻覚魔法に、あそこまで見事に引っかかってくれるとはな。



 「・・・・・・万死に値する!私を欺くなど、神が許しても私が許さん!」



 そうやって自分だけの世界に酔っているから、オレの魔法ごときに騙されるんだ。



 「小細工ばかり弄して!美しくない!美しくないぞ!」



 喚き散らす吸血鬼。そこに当初の優美さは見る影もない。血走った目でオレを見つけ、睨みつける。そして、再び無数の蝙蝠に分裂した。・・・オレはその瞬間を待っていた。

 仕掛けを発動する。さっきまで、オレの幻がいた地面に設置しておいた対吸血鬼想定の魔法アイテム。それの発動と同時に、オレは目を背ける。直後に閃光。



 「はっ?」



 衝撃。地面ごと吹き飛ぶ吸血鬼。



 「・・・予想より派手にいったな」



 火属性魔法と、聖属性魔法がこめられた宝珠がうまく連鎖して吸血鬼に直撃。どちらも上級魔法がこめられていたので、その威力は折り紙付き。設置して任意発動できるのはやっぱり便利だな。罠にはめるのに最適だ。



 「が・・・・あぎ・・・・・・・」



 分裂寸前だった吸血鬼の半身が焼け爛れている。吸血鬼ご自慢の再生能力も、弱点属性を突かれたせいで傷の治りが遅い。一気に止め・・・といきたいが、念には念を入れよう。宝珠の追加だ。設置する必要すらない。適当に吸血鬼の周辺にバラまけばいいだけだ。吸血鬼にはもう・・・避ける体力すらないだろうから。



 「ぎざ・・・ま・・・・・・・!」



 何か言おうとしているが、聞いてやる義理はない。オレはすぐさま宝珠を発動した。




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