Free

千世 護民(ちよ こみん)

第1話

 「それじゃあ、行ってくる。」


 俺の名はFree。フリー。そう、自由という意味である。母さん、父さんがお前だけは自由に生きろという意味でつけた名前だ。父さんはすでに軍人になってどこか遠くへ旅立った。時代は世界各国で争うとき。そんな時代に生まれたからこそ自由に生きてほしいという願いが込められていたように感じる。

「お前の名前はなんでいうんだ?」

同室でベッドの下の段で眠る顔見知りに聞いた。

「チェーン」

「へー。」

それ以降はどうでもよくなって寝た。


 訓練中、縄を潜りながら後輩に聞いた。

「お前名前なんて言うんだ?」

「ロックです。」

それ以降は監視官に注意されたから話せなかった。


「監視官ってなんで名前なんだろう。」

「最初に自己紹介してた。確かキープ。」

「そうなんだ。」

訓練終わり、ベッドで寝そべる知り合いが監視官の名前を覚えていた。

改めて考えてみる。どうしてこうも窮屈な名前なんだろう?ああ、俺はなんて恵まれた名前なんだろう。…しかしこうも考えた。

キープもロックもチェーンも中身を守るためのもの。堅苦しくないといけないもの。

フリーはいずれ何かに侵される。ずっとその状態ではいられないもの。


自由ってなんだろう。もうわからないな。


「お前の配属を此処に記す。」

順番だ。俺は空。あの監視官も同室の友も後輩もひと足先に敵地へいった。もう帰ってこない。きっと父さんもこうだったんだろう。

 風の噂で戦いの場に市民が出ていったと聞いた。訓練もしてない武器の使い方すら知らない市民が、だ。

 白旗を持って歩いた子どもがいたそうだ。世界共通言語とはまさにこのことだろう。

 この国が敵の国に何をしたというのだろう?誰もが自由に生きたい。そう願って、それが前提で事が進むのではないだろうか。

 子どもの頃お寺にいたお坊さんが、ふっとつぶやいた。

「なぜこうまでして争うのか、私には理解できない。」

涙を流すお坊さんを前に俺は、

「だれも怒ってる理由なんてわからないよ」

と言ったのを覚えている。

 結局正解はない。いまさら誰もいないベッドでつぶやいたって、鼻で笑ってバカにする人も悲しむ人もいない。


 空爆弾に乗った。テスト飛行だった。一応パラシュートはついていたが、そのときにはつけないだろう。

「お前は恵まれてるな。この国一のマシンに乗れるなんて相当だよ。」

視力、判断能力、操作。恵まれてたらしい俺は翼のついた戦車に乗ることになった。国内でトップを誇る性能をしているらしい。どうせウソだろう。そんなすごいものに爆弾積んで突っ込めなんて命令しない。操縦した感じ他のと性能は変わらない。

「ありがとうございます」

ウソは嘘で返した。にっこり笑ってさっさと風呂に入った。

 風呂は空いている。大佐を残し、それ以外は全員戦場に消えた。時間になっても帰ってこないということは死んだも同然。助ける価値もない。もし仮に帰ってきても「お国のために何故死ななかった?」と訳も分からぬ理由でまた戦場送り。俺も何度か戦場に行ったが、「お前は空だから」と後ろの方で鉄砲を構えていただけだった。


 いよいよ敗戦の時。誰もいない海に一人ダイブすればいいだけ。戦場よりも簡単な仕事だ。

俺の名はフリー。ベッドから起きて制服に着替える間自分の名前について考えた。

「フリーってどうゆう意味なんだ」

自由。セーブ…など。散々考えたけど何も思いつかなかった。


「名はフリー。お前の栄光、此処に刻む。」


乗り込んでから飛ぶまでは一瞬だった。

“目的地まであと……”

うるさいので無線はちぎった。邪魔だが窓を開けて捨てられるほど器用ではなかった。こういうのは集団でいくと思い込んでいたから、単体で空を飛んだとき一人で母国の人材不足を嘲笑った。


フライト中も名前について考えた。

「お前は自由に生きなさい」

母さんの言葉を思い出した。

「それじゃあ、いってくる」

父さんが出る前に言った言葉だ。

息を吸う。

息を吐く。

高度を上げて索敵されにくくする。

いや、やっぱり下がる。

やっとわかった。きっとこのくらい意味のないことだったんだ。最初から答えは出ているんだから。


「この時代に産んでしまったからには少しでも自由な生活をしてほしい。」

母さんの声がする。俺に向けて言ったのだろう。目的地が近い。きっと幻聴だろう。


 バカだと思った。本当はどこかも分からない海に燃料が尽きる前に突っ込もうと思っていたのに、「どうせなら」その一心で敵の船を見つけていた。愛国心?忠誠心?そんなものはない。軍隊に入って自分の名前のせいで混乱していた。自分以外全てが汚く穢れて見えた。だから意味もない事をしてやろうと思ったのに、わかってしまった。もはや言葉にすることは不可能だ。最も汚い人から出る神聖な言葉は意味をなさないからだ。でも、最期に言い残したことがあるとするなら…


――雲と同じ高さのところから船に向かって急降下した。爆弾を積んだ重い機体は重力の恩恵を受けて加速する一方だ。すでに耐えかねてエンジンからは黒煙が見える。いつ爆発してもおかしくない。


「母さん、ありがとう」

最後までちゃんと言えただろうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Free 千世 護民(ちよ こみん) @Comin3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ