第5章

「お、お姉ちゃん。もう少しまともな起こし方あるでしょ………。」

「仕事をしない御用家はゴミも同じです。むしろ、不要なものを消すことができるので世界のためになります。」

「じょ、冗談だよね?」

「ええ、あなたが起立正しく起きれば冗談になりますよ。」

 そういっている姉の目は笑っていなかった。

 この姉は、悠一さん以外に対して容赦がない。

 むしろ、厳しすぎる。

 紅葉ちゃんも、教わるときは泣き言を言わずにしっかりと姉の教えに従っている。

 教えている内容はとんでもないけど………。


 主に私に被害が出る。


 いつから部屋の合鍵は散弾銃に変わったのか。

 おはようございますが、永遠の眠りを誘発するようになったのか。

 起きなければ、死ねと言われるようになったのか。

 まったくもって疑問だ。

 しかし、あの姉が自発的に行動するようになったのは輝かしい思いだった。


 毎回、痛いけど。


 あのクソ親父に従っていた時代に比べれば、なんてことはない毎日が幸福で満ちていた。


 毎回、私が痛いけど。


 いやね、わかるよ。

 私が、頼れる妹だってことは。

 でもね、限界はあるの。

 夜中、姉のためにぐずる子供をあやしていたら朝になっていて、仮眠のつもりで眠っていたらショットガンで部屋のドアを蹴破られ、重い瞼を開けたら胸に銃口を突き立てられ、容赦なく発砲されてさ。数秒遅れていたら、死んでいたよ。


 ものすっごい痛かったけど!


 魔法の障壁が間に合ったけど、普通死ぬって。

 お姉ちゃんがこうなったのは、悠一さんと出会ってからだ。

 あの日以来、お姉ちゃんは変わった。

 以前までは、クソのつく親父の人形だった。

 これまで、お姉ちゃんが魔法の優劣による差別で感情の鬱憤が溜まっていたことは知っていた。

 御用家の独特の問題ではなく、この問題はコロニーの形骸化によって発生した現代病の一つだ。

 魔法の優劣による人権差別は、各コロニーに蔓延していた。

 どんな魔法を使おうとその人次第だというのに———。

 だからこそ、お姉ちゃんはその犠牲になりかけた。


 お姉ちゃんは魔法を暴走させてしまい、大規模な被害を出してしまったと聞く。


 そこに現れた、悠一さんがすべてを収めてくれたとのことだ。おかげで私もクソ親父も生きられた。


 だけど、姉は心を奪われたらしい。

 そして、彼をなじったクソ親父を許しはしなかった。

 お姉ちゃんは、逆にクソ親父を人形に作り替えた。


 死ぬまで働いて、世界の役に立て。


 まさしく、傀儡となり果てたクソ親父に対して哀れみさえ抱いた。

 でも、因果応報だと思った。

 おそらく、今のお姉ちゃんは止まらないだろう。

 全てを捨てても彼を取るだろう。

 たとえ私でさえ、切り捨てるだろう。

 だからこそ、四乃宮家の表には私があてがわれた。お姉ちゃんは、裏に立ち、日々仕事の調整をしてくれている。できるのであれば、調整の仕方を穏便にしてほしいかった。本人は、穏便に仕事をしているつもりでも私から見たら、ただの暴力団のようなものだ。

 それにお姉ちゃんに逆らうということは、その時点で命運が終わることを意味する。

 お姉ちゃんの魔法の才は、『特務隊 零』の月下健吾と同等の実力を持っている。

 さすがに、技術的な面や忍耐的な面では月下健吾にはかなわない。

 それでも、お姉ちゃんの能力は幅広く汎用性が高い。

 その点で言えば、月下健吾よりも秀でているという見方もできる。

 はあ。

 優秀な姉を持つとつらい。

 昔はお姉ちゃんといれればいい、と思っていたけど。

 今は静かな眠りがほしい。

 そんなことをお姉ちゃんに言えば、旧式散弾銃を用いてある意味静かな眠りにつかされる。

『頭に一発、鉛玉を上げましょうか?』

 そういわれたときは、正気を疑った。

 あの本気の顔を見て寒気を感じるほどだった。

 もう少し、妹をねぎらってほしいものだ。

 いつの間にか、お姉ちゃんはヤンデレになっていた。

 いままで溜まっていた分が爆発したのだろうか。

 それとも好きな人ができると変わると聞いたが、それだろうか。

 とりあえず、今日の分の仕事をさっさと終わらせてベッドに入りたい。

 眠い。




 私は焦っていた。

 彼の体のことを知ったのは、本当につい最近だった。

 私が、この邸宅に呼んだときだ。

 だから一年前になるのだろう。

 彼に初めて会ってから5年後、私の父親という傀儡を通じてやっとここまで来たと喜んだ矢先だった。

 会ってすぐにわかった。

 ホログラムで隠していても、私には虚実を見破る目を持っている。

 彼の体には、多量の亀裂が入っていた。

 それも歪なまでにきれいな亀裂だった。

 金属結晶を彷彿とさせる輝き。

 血液が凝固したのかと思ったが違った。

 血液自体が金属片のように、内部から血管を割って出てきたのだ。


 おぞましいほどに美しいと思ってしまった。


 未知の病が、彼を蝕んでいた。

 原因を尽きた止めることはできなかった。

 これは、彼特有の持病だと言われた。

 それでもあきらめきれずに、私は彼以外にも事例がないか調べた。

 が、そんな症状に当てはまるものはなかった。

 手に入れられたと思った人は、すでにボロボロであった。

 悲しいかな。

 私が手をとったときには、すでに終局だった。

 彼自身は、それを受け入れているが私は我慢ならなかった。

 むしろ、私たちを守ってくれた存在を『しかたない』と、言える人たちが存在することがわけがわからない。

 彼は、自分の寿命すら縮めて最善を尽くしていたのに、高みの見物を決めているのは、無知だと思った。


 彼が選んだことだから?

 望んだことだから?

 死んでもしかたない?

 笑わせてくれる。

 彼にしか、できなかったから?

 彼が自発的にしてくれたから?

 私たちは関係ない?


 どれも感謝ではなく、当然のように語っているけど、彼にだって選択があった。

 人類を救わずに、自分が生き残る選択が。

 それを破棄してまで私たちを選び、且つ自分の寿命を削ってくれていることに感謝しなければいけないのに———。

 そこに必然性はない。

 できるのであれば、私が世界を終わらせて彼を独占したかった。

 でも、それは彼の信念を曲げる行為だ。

 あの人の美しさを汚す行為だ。

 助けたくても助けられない。

 彼の信念を曲げさせてまで、彼を生かしたとしても、それは彼にとって死んでいるも同然だ。

 だからこそ、私には何もできない。

 あの輝きに一度触れてしまった私は。

 身を焦がしながら。

 あの彗星が光を失うその時まで、そばに居たいと望んだ。

 最後の時まで。

 ………。

 でも、少しくらいつまみ食いをしてもいいよね?




 目を覚ますとすでにお昼を回り、お昼ご飯の時間となっていた。

 みんなが僕を搬送してくれたのか、ベッドの上で眠っていた。

 が、ふっくらとした枕の心地がさらに睡眠を誘ってくる。

 これは、コタツ理論だな。

 一度入れば出られない。

 最初は、まさかと思ったが甲斐田の家にあったコタツに入ったところ出られなくなった。

 まさに磁石のように強力な力が働いているに違いない。

 でも、さすがに起きなければダメだ。

 あとで知里さんになんて言われるかわからないし、今日は特例だとしても静さんがこれを毎日の日課にされるとそれはそれで困る。

 ………知里さん、お願いだから静さんに連絡は取らないでいて。さすがにしんどいから。

 部署に戻ると、部署には誰もいなかった。

 正確には、一人?と言った方がいいのかわからない存在の男がいた。

 「やあ。」

 スーツを折り目よく着こなし、どこにでもいそうなサラリーマンといった風貌の男だ。

 だが、僕から見れば異常なほど存在感がなく、空気のような男だ。

 でも、そんな人間は存在しない。


 「どうしてここにいるんだい? 世界の理さん。いや、人理の代弁者さん。」


 世界の理は存在する。

 目に見えない、相対的で不可逆的な人類の営みにおける総意。

 これを人類の理、人理と言っている。

 その人理は、この世界においてこうして実体をもって接触してくることは、世界へ歪を産むから、人類に接触してはいけないはずだが………。

 「それはもちろん、世界が危機に瀕したからだよ。」

 「人類が、の間違いだろ? そんなの自分で解決しなよ。」

 「解決するために、ここにいるんだよ? 甲斐田悠一君。」

 直接的な解決ができないから、こうして僕のところで具現化したわけか………。

 だとしても———。

 「僕じゃなくていいでしょ? 少なくとも僕は、人類のために活動しているよ? これ以上の高望みは人類の手助けではなく、依存に繋がると思ってるけど?」

 「次の事象が解決できないと、全ての人類が滅びるからここに来たんだよ?」

 どうやら、選別しても、結果として僕のところに来たらしい。

 ため息しか出ない。

 「前回もそれで、4回目の未知の宇宙生命体と戦闘になったのだけど?」

 「その報酬として、【ホワイトカラー】との共存方法や魔法理論、魂、肉体、魔術回路のつながりとか、教えてあげたはずですが?」

 そのおかげで紅葉がここで過ごせることには感謝しているけど、これですでに二桁の依頼をこなしている。何度もここに来るのは間違っている。

 「頻度が多すぎる。それに、僕がいなくなるのももうすぐだよ? そのあとは、自分たちで解決しなければいけないのに、現状後継がいないじゃないか。どうするの?」

 「その点は、ご心配なく。」

 気にいらない。

 おそらく、僕がいるうちに少しでも人類の危機を加速的に発生させて、いなくなった後はしばらくの間、人類の存続・繁栄を促すつもりだろう。

 ———そこは仕方ないか。

 人間の総意を代弁するならそうなるよな………。

 できることなら、他の人たちに僕の邪魔や指図をさせないように取り図ってほしいものだ。

 そうでなくても、『人道に反する』とか、『なんてひどいことをするの!』とか、『この人殺し』とかやめてくれないかな。

 本当の脅威は宇宙からの、未知の生命体とか、【ホワイトカラー】の大群とか、AIシステムの暴走とかじゃない。


 人類の脅威は人類であることだ。


 人類は、自分たちで殺しあっていることが、自分たちの道を狭めていることに気が付いていない。

 何度もテロリストの相手をしていて思うことがある。

 本当に、人類は救う価値のあるのだろうか、と。

 香織の姉であるカナを殺した手前、その道が正しいと証明しなければならないが、何度も疑問にぶち当たる。


 世界に人間は必要なのか?


 嫌になる。

 ………。

 違うな。

 嫌な部分を見せつけられる。

 人類の統合を目指した【エデン】がどうして暴走したのかわかる気がする。

 人類の意識統合は、絶対にできないからだ。

 例え、同じ考え方をする人がいたとしても、課題に向かって取り組む過程が異なる。それは、その人が今まで過ごしてきた経験や思想、宗教、運などのプロセスによって成り立っている。また、うまくいったとしてもそこには、集団心理である、羨望と嫉妬がある。

 面倒極まりない。

 どうして、人は単純に生を謳歌できないのだろうか。

 ………でもそんな人間に憧れた。

「僕は、力だけがすべてじゃないと思っているのに………。」

「その言葉が、誰に届くのかな?」

 まあ、無駄だよなあ。

「君は、人間を越えた超越者だ。誰もが君のようでありたいと叫び、願い、妬む。優れた人間の想像こそが、いや、優れた人間を生み出した先へ、発展があると信じて突き進む浅ましさ。それが人間だよ。」

「知っているよ。だからこそ、人間になりたかったと思っているよ。」

「理解できないな。」

「君は人間の代表だからわからなくて当然だよ。だけどね、知っているかい? 日々の日常こそが幸せであると。だから、日常のために努力もするし、辛いことがあっても耐えられる。他人との相互理解は不可能でも、手を取り、引っ張ったり引っ張られたりすることができる。その営みは何にもまして美しいものだと思えるけどね?」

 まあ、いいや。

 どうせ、理解されないだろう。

 さて、本題に入ろう。

 今回もめんどうな依頼だろうから。

「で、さっさと依頼を言えよ。こっちは嫁さんに体力吸い取られたんだ。できることは限られるからな。」

 さっさと依頼を済ませて———。


「カナが復活しました。」


 空気が凍った。

                           タイムリミット編 完

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金色の紅葉 明上 廻 @Akegami1999

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