第4章

 そのあと、歓声の中をくぐって自分たちの部署に戻っていった。

 みんな自分のできる力を出し切ったことで疲労が顔に滲んでいた。

 だから、この後は防衛局に備え付けられている銭湯とマッサージのコースを予約していた。

 本来は、銭湯やマッサージ施設はなかったが僕が申請して元剣崎顧問が了承したことによって増築された。今では、防衛局員も利用している。

 さすがに明日から、この疲労を背負って激戦区に行ってこい、は酷だ。

 隊長として隊員の体調管理をしてこそ、だ。

 現状、『特務隊 零』は6名で成り立っている。

 これは、蒔苗さんを一名として換算した場合だ。

 彼女、彼女たちは適任をそれぞれ算出して現場の情報収集をしているから肉体管理はあまり必要ないのかもしれないが、それはそれ。これはこれだ。だからと言って、今、模擬戦に参加しなかった蒔苗さんがきているのはなぜだ?

 あ、意識はつながっているから。

 全員、平等?

 わかりました。何も言いません。

 女湯の前が黒装束で埋め尽くされているのは、血の気が引いたけど………。

 紅葉を蒔苗さん(たち?)に任せて男湯に入る。

 男湯に入るとすでに健吾君と石永君が湯船に浸かっていた。

 二人とも女性陣に敗北したことで意気消沈だ。

 健吾君は、まあ、仕方ない。

 石永君は、北条さんのマルチ魔法や鋼糸のトラップに引っかかりつるされて戦闘不能になっている。石永君は知里さんだけでなく蒔苗さんとも相性が悪い。それは、蒔苗さんと一緒に任務をこなしているためだ。お互いがお互いの弱点を見抜いている。蒔苗さんは、逆に自分が苦手としているところにトラップを仕掛ける形で石永君をからめとっていた。そこらへんは、蒔苗さんの経験ものを言っている。そこは素直に勝算するべきところだ。それにこの模擬戦では、相手を死傷させてはいけないため、お互いに使用してはいけない魔法や技が存在している。その中で、石永君の縛りは多い。この敗北は仕方のないことだ。

 そんなこんなで、僕も湯船に浸かる。

 今日はそこまで激しい戦闘にならなかったから、疲労感は来てないが湯船に浸かるときはやっぱり気持ちがいい。

「隊長、僕、ここにきてから負け続きで勝てる算段が思いつきません。」

「俺も、勝てる手段が思いつかない。」

 ………思っているより重症だった。

「「はあ。」」

 同時にため息つかないでよ。

 しかたないなあ。

「石永君は、蒔苗さんを見すぎ。動き方を誘導されているよ。誘い込みは蒔苗さんのお得意技なんだから。知里さんと対戦する気持ちで多面攻撃を意識しなよ。」

「そんなに簡単な話じゃないですよ。気が付いたら誘導されていたんですから。」

「経験の差は、そんなに埋まらないよ。一つ一つ、蒔苗さんの誘導の仕方を覚えていけばいいさ。まずは、誘導された後の対処方法をどのタイミングで行うのかを考えておいて。それに体に蓄積された経験は、君の成長に繋がるよ。」

「………はい。」

 どうやら、まだ納得がいってないようだが、そこらへんは自分で考えて行動すべきことだ。僕が言うべきことじゃない。

「健吾君は、まあ、その、がんばれ。」

「助言くらいはしろ。」

 だって、無理無理。

 紅葉ちゃんに勝とうとするなんて。

「あんなかわいい子に傷でもつけたら僕が乱入しちゃうし。」

「もはや、模擬戦の意味がないぞ。」

「それに健吾君は、通常は絶対負けないんだから。紅葉と僕くらいには負けときなよ。人間相手なら絶対に負けないし、【ホワイトカラー】戦でもマルチ魔法で何とでもできるんだし。体の技術だって、初期に比べれば格段に上がったんだから。」

 なんでも健吾君は地獄に何回か行って特訓しているらしい。

 へえ、と思いながら見ているけど動き方は確かに上達していた。

 でも、まあ、相手が悪いよね。

 人間には越えられない一線があるように、世界にもルールが存在する。

 その境界線をあいまいにする紅葉に勝とうとする方が難しい。

 そう考えると、静さんにも勝てないかもしれないけど。

 曖昧なものを、自分が想像するものに具現化させるなんて世界の法則を完全に無視している。でも、具現化することで弱くなることもある。

 その例として未来はそれにあたる。

 未来は具現化できないからこそ最強なのだ。

 形にしてしまえば、それは現象と発生が起きる。

 だからこそ、未来は不定形で不完全なものほど強い。

 昔、僕と時間を共にした師からそう教わった。

 彼女の魔法【未来の可能性】は、複雑怪奇だった。

 発生しうる可能性を列挙して、発生と過程、結果を明記しなければならない。

 しかも具体的に固定させないと、あやふやになり発動しない。

 それをうまくこなしていた。

 できるのなら、使いたくない魔法だ。

 しかも、副産物としてこれから起きる事象を予知できる。

 でも本人曰く、未来を知っているほどつまらない人生はないとのことだ。

 あの人は、最後までこの世界を呪っていたな。

 まあ、だからこそ僕は周りの人には笑顔を振りまくように心がけている。

 このひと時が、最後の瞬間になってよかったとおもえるように。

「健吾君。魔法を使わないで剣戟のみで模擬戦をしても石永君に普通に負けるよ。それくらい、石永君も成長したんだ。喜ばしいことでしょ?」

「………隊長、僕はそれでも健吾さんに勝てる自信がありません。だって、魔法を使わずに斬撃がとんでくるなんて、近接戦闘特化の僕を泣かせに来てますよ。魔法防御しても当てられ続けるとほころびが出てきます。それにあたると痛いんですから。」

「痛いだけならいいでしょ。健吾君が魔法を使わない状態でも魔法の障壁破壊くらいするよ? 石永君が強くなったから痛い程度なんだよ? ただの防衛局員ならそのまま胴体と脚が離れちゃうよ。」

「———さすがに無理だ。表面の皮膚までは引き裂けるかもしれないが骨まで斬撃は届かない。斬撃に魔法でも乗せて切断力を増さないと骨は切れない。」

 ………そっか。

 でも、もう少しでその領域までいけると思うんだけど。

 そこは、追々かな。

「もう、今の段階でつまずかないの。いずれ、みんな僕を越えてもらうんだから。」

「「無理。」」

 ハモられても………。

 苦笑いしてしまう。

「隊長を越えるってことは、そもそも人間じゃあ、無理です。」

「健吾さんが、人間の完成形なら、隊長は世界の理です。無理なものは無理です。」

 二人とも、もっと貪欲に目標を立てないとダメだぞ?

「目標は計画的な下に成り立っています。立てられない目標は、幼い時に捨てました。」

「月に行きたいからといって、走っていてもつきませんよ。」

 散々な言われようだ。

「僕を過大評価し過ぎじゃない? 僕も数字にすれば一なんだけど。」

「それなら、俺達には小数点と0を何個付ければいいんだ?」

「繰り上げても塵に等しいくらいですね。」

 これは、あんまりよくないかな。

「もう、みんなだめだよ。いつか僕もこの世界からいなくなるんだから。自分たちのことくらい自分たちで何とかしないとダメだよ。」

 その言葉に健吾君だけが眉をひそめた。

 石永君は、何のことかわからないといった表情だった。




 マッサージを受けた後、みんなと合流した。

 知里さんの顔に【イノシシ】の文字は残っていなかった。

 さすが水性ペン。

 ちゃんと消えてくれた。

 でも、小声で「覚えとけよ。」っていっていた。

 何のことだろう。

 鳴らない口笛を吹く。

 紅葉もすっかり元気になってよかった。

 水曜日は、これで終了。

 コンディションを整えて明日の任務に取り組んでもらう。

 紅葉以外になるけど。

 紅葉は『特務隊 零』に入れてはいるけど、お試し期間ということで正式な隊員ではない。だから水曜日以外の日は、このコロニー3周辺の探査や、防衛線の維持、迎撃戦を行ってもらう。外部遠征は、正式隊員の5名が行うこととしている。

「お父さんは、明日も外に行くの?」

「それが仕事だからね。」

「………。」

「そんなに寂しがらないでよ。」

「………だって、お父さんから血の匂いがひどくなってるから。」

「………気が付いてたの?」

「お母さんも気がかりに思っている。あとどれだけいられるのか心配なの。」

 うーん。どうやらバレていたらしい。

「………あとに4年くらいじゃないかな。」

 何もなければ。

 まあ、そんなことは不可能だけど。

「それなら、もう防衛局なんてやめればいいじゃん。お父さんが、死んでまでコロニーを守る必要なんてない! そもそも人間側に———。」

 紅葉の口元にそっと指を立てる。

 その行為の意図を理解したのか、黙ってくれた。

 その代わりに目に大粒の涙があふれだした。

 これは、どうしたものか。

「紅葉はさ、どうして僕が世界を、人間を守っていると思う。」

「………知らない。」

 こればかりは、譲れないものだから。

「ここが帰る場所だからだよ。」


 それが、僕が師を殺した、殺してしまった償いで———。

 その選択が正しいと証明する方法で———。

 義妹の香織の姉であるカナを手にかけた代償だから。


 多くの命と一人の命を天秤にかけてしまった。

 僕の業だ。

 だから、僕がこの世界にいる限り多くの命を救う。

 人間の存続が彼女への手向けだ。

 姉を殺した香織への謝罪のつもりでもある。

 その香織と紅葉の仲が険悪なのが気がかりだけど………。

 鼻をすすりながら泣いている紅葉を抱きながら帰路に就く。

 家族の元へ、多くの人を帰す。

 どれだけ無駄なことをしているのかも理解しているし、人のあり方も理解している。

 でも、これは譲れない。

 僕が僕としての存在理由だ。

 殺人鬼となった贖罪。

 無駄に広い四乃宮家の敷地に入り、奥の邸宅に進んでいくと出会った時と同じようにメイド服を着た静さんが待っていた。

「おかえりなさいませ。」

「ただいま。」




 私は、抱えられていた手が離れていくのが怖くなった。

 あと4年………。

 この手が握れなくなる。

 この温もりが冷たくなる。

 命の灯があと数年で消える。

 果たして、耐えられるだろうか。

 彼のいない世界。

 異常なまでに心拍数が上がる。

「どうしました?」

 静さんがこちらを見てくる。

 この人は、すぐに私の異変に気が付く。

 いや、違う。

 誰よりも全体を俯瞰しているからわかるのだろう。

 彼女を、『お母さん』とよんでいいのか、いまだにわからない。

 それでも、この感情は共有したかった。

 一人で耐えられるほど、私は強くない。

「あと、………4年。」

「………っ!」

 言葉の意味を察してくれたのか、彼女の顔が険しくなった。

 それと同時に、私を強く抱きしめてくれた。

「ありがとう。どうせ、あの人は私に言ってくれないだろうから。」

 そんなことないと思う。

 なぜだか、この人とお父さんは並んでいると自然に思える。

 そのくらいに、お互いを支えあっていた。

 それをみんな家族だから、と言っていたがそれは違うと思った。

 他の家族が見せるのは、お互いの人生の共有だがこの二人は違う。

 自然体。

 ベストパートナー。

 阿吽の呼吸。

 呼び方はいろいろあるけど、二人が傍に居ることに違和感を与えない。

 ………もう一人だけ。

 気に食わないけど、お父さんと相性がいいクソ女がいるけど。

 「私は、あなたがうらやましいわ。」

 その言葉で私は現実に引き戻された。

 この人が、私を妬むことなんてあるのだろうか。

 「時間は、残酷なものよ。どんな能力があっても、進んでいくの。だから時間を止められるあなたがうらやましいの。」

 抱かれている腕に力がかかってくる。

 この人も苦しいのだ。

「あの人がいない世界なんて、本当に必要なものなのか。私にはわからない。」

 否定の言葉が思い浮かばない。

 それどころか、頷きそうになる。

「………。」

「あなたが一緒に苦しい思いをしてくれているだけでも、まだマシなのかもね。」

 わからない。

 ………わからないよ。

 だって、お父さんは自分の死に無頓着で救わなくてもいい人を自分の命を代償に助けている。その例にもれず、私やこの人もその中に含まれている。

「あなたのように時間を停止させることができればと何度も思った。でも、それはあの人の意思を否定することになる。」

 そっと、この人の肩に腕を回す。

 彼女なら、なんとなく気を許せる。

 それは、嘘偽りない事実だと思えるから。

 お互いの悲しみを理解できるから。

「だから、ね。」

 ただ、彼女は少し困った性格をしていた。

「今夜は、彼と二人にして。」

 若干、ヤンでいる。




 




 昨日の夜は、散々だった。

 模擬戦よりも静さんの相手の方がしんどい。

 体力とかいろいろゲッソリ搾り取られた。

 部署に入るなり、僕の異常を察した石永君が騒然としていた。

「隊長、なんか顔色青くないですか? 気分がすぐれないのでしたら今日は、有給を取って休みになられたらいかがですか?」

「いや、逆に家にいるといろいろしんどい………。」

 この一連のやり取りを見ていた月下一家は察したらしい。

 知里さんは、ゲラゲラ笑っていた。いつもやられている分、僕が弱っている姿は新鮮なんだろう。だからと言って静さんに連絡を取ろうとするんじゃない。ほんとマジでキツイ。

 健吾君は、察してくれたらしい。そっとコーヒーを差し出しながら慈悲と哀れみの眼差しを向けてきていた。………おそらく、経験があるのだろう。

 今日は、紅葉はいない。ローテーションで、メイド業務を覚える日だからだ。

 昨日は円さんと一緒に寝たらしいがあまり寝付けなかったらしく、円さんを悩ませたらしい。おかげで、今日の円さんは、僕と同じ顔をしていた。

 今日、元気だったのは、静さんくらいだ。

 艶々になるとか、どうなっているの。

 魔力でもドレインされた?

 ………まあ、いろんなものを吸われたけど。

 後で仮眠室借りよう。

 今日の勤務で僕が出なければいけない緊急任務はない。

 今日の任務で、出るのは北西へ蒔苗さんたちと石永君、南南東へ健吾君くらいだ。

 ………ああ、ヤバい。

 意識が落ちそう。

 ほんとに、朝まで放してくれなかった。

 静さんは時々、暴走する。

 どうなっているの、と言いたいほど暴走する。

 ダミーシステムでも積んでいるの?

 そのうち、僕も首をへし折られて内臓でも引き抜かれるのだろうか。

「はあ………。」

 そんな僕を嘲笑うように知里さんが笑っていた。

「あのラスボス系お嬢様と縁談を結んでくれてよかったわ。あんたの弱ったところ見れて得した気分よ!」

 言い返す元気がない。

「………何も言えない。ラスボス系ヒロインの攻略法は俺の分析であきらめることが最善と出ている。」

 健吾君、あきらめないでよ。

 あとその微妙な優しさを向けないで。

「甲斐田殿、あきらめなされ。あの女王は最強ゆえ。甲斐田殿という中和剤がなければ、平然と世界を滅ぼすでしょう。」

 さすがに静さんでも、僕がいない程度で世界を滅ぼしたりしないでしょ。

「みなさん、隊長さんの奥方を見ているのですか? 自分はまだ見ていないのでどのような方か教えてほしいです。」

 そっか。石永君は静さんを見たことないんだ。

「女王さまよ。」

「世界の混沌。」

「狂気の愛ですな。」

 あれ?

 みんな静さんをそんな風に見ていたの?

 静さんって、そんな危険な人じゃないのに。

 ちょっと、過激なだけだよ。

 ………ああ、ヤバい。

 瞼が………。

「はいはい、それじゃあ、仮眠室に搬送するわよ。」

「しっかり休憩してきてくれ。」

「起きてくる頃に、今日の報告をできるようにしておきます。」

 みんなの声が遠くに聞こえる。

 そして、意識が暗転する。




「艶々してる!」

「うふふふ。」

 お父さんと一緒だったからなのか、静さんは元気だった。

 たしかに、お父さんと一緒にいるといい朝を迎えられる。

 あの温かさから抜け出すのが、嫌になるほど離れたくない。

 でも、ここまで静さんが元気なのはなぜだろうか。

 ………あとお父さんが、萎びたミカンみたいにゲッソリとした表情でここを出ていったが大丈夫だろうか。

「今度は三人で寝ましょうか。」

「寝る!」

「いい子ね。」

 そういって、頭をなでてくれる。

 お父さんほどではないが、この人に撫でられるのは嫌じゃない。

「それじゃあ、おさらいしましょうか。」

「はい!」

 いけない。

 仕事に集中しないと。

「寝起きの悪い当主にはどうしますか?」

「えっと、ヘッドロックをかけて起きるまで殴り続ける?」

 たしかこの方法なら起きるはず。

「惜しいわね。正解は、ヘッドロックをかけて起きるまで銃弾を浴びせ続けるでした。」

 そっか。

 でも、防御障壁が間に合わないと死んでしまわないだろうか。

「仕事をしない税金泥棒は、死んでも構いません。」

 なるほど。

 たしかに、ゴミは所詮ゴミ。

 起きれば、良し。

 起きなければ、排除。

 なんて合理的なんだ………。

「それじゃあ、まだ起きてこない私たちの当主を起こしに行きましょうか。」

「うん!」

 その後、屋敷から円さんの悲鳴と空薬莢が床に転がる音が響き渡ることになった。




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