第3章

 結果は、見えていたけど知里さん、岩永君、蒔苗さん組からは知里さんが。

 知里さんは元々のポテンシャルが高く、エリア改造によって自分が有利になるように、対応する順応性があった。

 健吾君と紅葉からは紅葉が勝ち上がった。

 さすがに健吾君でも時間を止められたら対応が難しい。

 以前も健吾君が一方的にボコボコにされた過去があったので、ハンデで紅葉の時を止める時間を5秒までとしたが、連発させられ、紅葉が健吾君の体勢を崩しにかかったり、その対応に健吾君が四苦八苦している間に、痛烈な一撃をあたえられ、健吾君がダウンとなった。

 さて、今度は自分の番だ。

 まずは、知里さんとだ。

 まあ、今回も先手を譲ってあげよう。




知里さんとの対戦。

「いい加減、その余裕そうなツラに一撃入れてやる!」

「ハイハイ、期待してるよ~。」

 その言葉にイライラが限界に達したのか、一瞬で世界が暗転する。

 フィールドの展開にかける時間が初期よりも格段に上がっていた。

 知里さんの魔法である【ゲーム空間】は、自分の作り出した空間に相手を入れて一定の条件をクリアしなければならないと出られない。そしてその間、特定の魔法しか使えない。もしくは、全く使えない場合もある。

 そして、彼女が成長した要因の一つがこの展開の速さだ。

 フィールドの展開は、空間の上にさらに別な空間を作り出す行為だ。

 そのうえ、その空間のルールを設定しなければならない。

 配属当初は、展開までに30秒かかっていた。

 それでも大したものだと思っていた。

 ………その間に、飲んでいたサイダー瓶に入っていたビー玉を指ではじいてノックダウンさせた。例え、魔法障壁があっても同等の魔法エネルギーをビー玉という対象に付与すれば障壁は破れる。

 寝ている間に、水性ペンで顔に落書きをしておいた。

 起きた後の憤慨ぶりに、笑ってしまった。

 健吾君にも八つ当たりして、面白かったな。

 今では展開は3秒だ。

 十分の一にまで縮めることができたのには理由がある。

 フィールドの展開とフィールドのルールを同時に設定しなければしけないからだ。

 だから、時間もかかるし無防備になる。

 今は違う。

 フィールドの展開に9割注いでいる。

 残りの一割で一つだけルールを作るだけだ。


 相手を外に出さない。


 それだけだ。

 順序を明確化させた素晴らしいものだ。

 実際の細かいルールはフィールドの設定を終えた後で、決めればいい。

 まあ、3秒でもノックダウンさせることができたのだが、今回は知里さんの誘いに乗るとしよう。

『絶対に今回は勝つ!』

 すごい意気込みだな。

 前回、間違えて油性ペンで書いたのを根に持っていたのかな?

『誰が、ゴリラだ!』

 ああ、書いた内容に怒っていたのね。納得。

 でも、ゴリラは強くてかっこいいと思うけどね。

 周りの景色が黒一色から戦場に変わっていく。

『今回は、あんたの苦手なFPSよ。瞬間的射撃能力が問われるこの空間で生き延びることなんて不可能なんだから!』

 なるほど、ね。

 この前、健吾君たちの家に行ったときに、昔のシューティングゲームをやったけど僕は照準がガバガバで当てることすらできなかった。

 ………だけどね。

 僕の苦手とするところをつくのはいいけど、誤算があるよ。


 これは、ゲームじゃないよ?


『一斉掃射!』

 NPCたちが、一斉に僕めがけて銃弾を飛ばしてきた。

 この場所では、どうやら防御魔法は使えないらしい。

 体に纏わせているホログラムがほどけそうになるほど、強力な縛りを付けられている。………強制的に魔力全開放して脱出してもいいけど面白くない。

 このホログラム上に魔力を通して魔法の被膜を作るのは難しい。

 強くなったことを喜ぶべきか、からかう材料がなくて悲しむべきか。


 どちらにせよ、僕の勝ちは揺らがない。


 戦場をおどるように僕はステップしていく。

 いや、スキップと言った方がいいかもしれない。

 最初のターゲットに向けて移動し始めた。

 そんな中で、発砲音が重なった。

 画面向こう側でにやけている知里さんが思い描かれて笑ってしまう。


 放たれた銃弾は、僕を素通りしていった。


『は?』

 そんな言葉と共に僕は、NPCたちから銃を奪い、至近距離で当てていく。

 例え、狙いをつけるのが下手でも超至近距離なら外さない。

 引き金を引く。

 相手が倒れる。

 移動する。

 引き金を引く。

 相手が倒れる。

 移動する。

 この作業の繰り返しだ。

 相変わらず、狙いは正確なのに相手のNPCたちの銃弾は僕をすり抜けていく。

 そして、最後の一人を倒した瞬間フィールドが解かれた。

「くっ、もう一度———。」

「はい、おわり。」

 そういって、目の前にいた知里さんにビー玉を当てて気絶させる。

「ぎゃっ!」

 どうやら、僕にとっては指弾きの方が、精度高いようだ。

 銃なんて野暮だよ。

 金属の弾で、命一つとれるなんて旧時代の人類は気が触れていたのか?

 命を取るなら、軽い気持ちでできる得物は使わないのが礼儀だと思うけど。

 そうでなくても、人間の命なんて蝋燭の火と同じくらい、かぼそいのだし。

 さてと、今日は間違えないように水性ペンであることを確認してから………。


【イノシシ】


「ふう。いっちょ上がり。」

 ラーメン屋の店長のような声が出てしまった。

 なお僕は、ラーメンに関してはあまりこだわりはない。

 しいて言うなら、ちぢれ麵がおいしいかな、くらいだ。

 みんなは、まるで呪文のように注文している風景を見て戦慄した。

 なんだよ、ヤサイマシマシカラメマシアブラスクナメニンニクって。

 そんなこと言わないとラーメン出てこないんか、とか思ったね。マジで。




 さて、ここで少しだけ種明かしをしよう。

 なぜ、知里さんの銃弾は僕をすり抜けたのか。

 答えは至ってシンプルだ。

 フィールドに僕をとらえた後で、知里さんは空間にルール追加をする。

 つまりだ。

 その間は、魔法が使える。

 だから、空間に同調してルールを一文加えた。

【甲斐田悠一はルールにとらわれない】と。

 本当なら、すぐにでも空間から出れたし、知里さんのところまでジャンプして終わらせることだってできた。

 そうしなかったのは、知里さんに合わせたからだ。

 今回の問題点は速度を重視するあまり、精度に問題を残していた。そこを意識してほしいからこうして乗ってあげた。

 あとは、健吾君が指摘するでしょ。




 こうして、試合が終わると観客席からどよめきや拍手、そして喝采が巻き起こる。

 できれば、君たちもこのくらいのレベルになってほしいのだけど。

 時々、人手が足りないからと言ってうちの部署に防衛線警護を依頼されるくらいだ。せめて、一人で防衛線管理ができるくらいの技量は持ち合わせてほしい。

 ………今度、合同総当たり戦でも立案してみるか。

 この場合、審判に健吾君と僕が立てばいいだけだし。

 ………健吾君が一般防衛局員と総当たりしても魔法が使えない縛りが発生するから審判役になるしかない。でも、魔法無しでも健吾君強いから五分五分まで持って行けるかもしれない。

 あと蒔苗さんと石永君にはいい練習になるかもね。

 防衛線警護には、蒔苗さんと石永君をペアで貸してあげることがしばしばある。

 今回の『特務隊 零』総当りで敗れはしてるけど、決して蒔苗さんも石永君も弱いわけではない。

 蒔苗さんは、多方面の魔法が扱えるし、石永君も肉体面や策略面は一般の防衛局員を抜きん出ている。ただ、知里さんとの相性が悪いだけだ。

 自信をつけてもらうために今度、剣崎総司令に打診してみよう。




 さて、本番だ。

 甲斐田紅葉。

 我が娘ながら、油断できないほど強い。

 時間を止めるなんて基本無敵だし。

 同調しながらだから観客には何が起きているのかわからないだろう。

 まあ、しかたないよね?

「それで、紅葉は勝ったらどうしたい?」

「………お父さんにハグしたい。」

 グラついた。

 かわいい。

 我が娘ながら、恐ろしい子だ。

 勝負の前から、攻撃してくるなんて。

 お父さん、負けていいかもとか思っちゃったよ。

 実際に、健吾君との試合を見ていたけどかなり余力がありそうだ。

 というか、一方的だった。

 時間を止めて、健吾君の脚を崩して地面に倒す。

 これを繰り返すだけだ。

 でも、健吾君もさすがだった。

 時間停止が解除された後、紅葉を地面から即起き上がって紅葉を背面からホールドして抑え込もうとした。

 でも、もう一度時間を止められ、ホールドされている腕はほどかれる。

 後は、紅葉の時間停止中に壁に向けて吹き飛ばされたら気絶くらいする。

 身内だからといって、健吾君は手加減しない。むしろ、身内だからこそ戦場で死なないように本気で打ち合ってくれる。それでもこの惨状なのだ。いかに紅葉が強いかわかる。

 それに、紅葉は人間の括りではないから、健吾君の魔力にも当てられない。

 最初こそ、健吾君は僕以外で本気で打ち合えると思っていたらしいけど、次元が違う魔法のせいで対応できていない。むしろ、毎回気絶させられていることにショックを覚えているらしい。

「………俺、弱い。」

 違うよ、紅葉ちゃんが強すぎるの。あと可愛すぎるのも問題なの!

 今度から、紅葉ちゃんの時間停止時間は5秒で、再使用時間を1分にしよう。

 さすがに、お互いが成長できないのは問題だ。




 お互いスタート位置についた。

 開始の合図と同時に、紅葉が仕掛けてきた。


 時間を止めずに。


 組手をするようにお互いの手を弾きながら懐にもぐりこまんと狙っている。

 僕のスピードに合わせられるくらいの体捌きだ。

 この小さな体には出せない異常なスピードだ。

「時間は止めないの?」

「お父さんに時間止めは意味がないから、肉体の内側に時間停止を連続で行使しているだけだよ。」

 難しいことをしていた。

 幼い体に、時間止めを連続でかけることで、短期決戦時に爆発的な肉体強化を施しているということだ。だから、僕の動きについていけている。


 でもね、無理はダメだよ。


 その負担は、ブレーキとアクセルを同時に押しているようなものだ。

「っ!」

 鼻から血がほとばしり体の無理が出始めた。

 おそらく、貧血も引き起こしていることだろう。

 もっておよそ一分。

 体に負担がかかるのは目に見えるし、勝算がなければ作戦にすらならないよ?

 それにね、相手に自分は無理してますって教えたら、時間稼ぎに方向が傾くよ?

 だから、その判断は間違いだよ。

 でも、幼いなりに考えた結果なのだろう。

 僕は、紅葉の体の軸心である右脚を払いあげてそのまま空中に飛ばす。

 浮き上がった紅葉を抱き留めてあげて、

「はい、終わり。」

 と言ってあげた。

「むぅ―。」

 紅葉が膨れっ面になって可愛さが倍増したが仕方ないことだ。

 紅葉はかわいい。これはわかりきったことだ。

 鼻から出ていた血をぬぐってあげる。

 今の戦闘で体にかけた負担を緩和させるために血のめぐりを魔法で少しだけ加速させる。

 その間に、肺の血中酸素量を上げて貧血を緩和させてあげる。

 すると、すぐに顔色がいつも通りに戻った。

 だから、思いっきり抱きしめてあげる。

「えへへへ。」

 と、さっきまでの膨れっ面はどこかにいき、満面の笑みをこぼしてくれた。

 これで、ご飯は3杯いける。


 実際に腕の一本くらい持っていかれるかな、と予想していたけれどよかったよ。

 でも将来はこっち側じゃなくメイドになってほしいなあ。

 四乃宮家のメイドなら命の危険もないし。

 それに、この子が生きててくれれば僕はそれでいいんだ。

 それ以上は望まない。

 あ、でも友達は作ってほしいかな。

 ………それとできれば、反抗期の時に僕のことを嫌いにならないでくれれば。




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