第78話𓅓𓄿𓄿𓏏𓍯〜最後の審判〜
人とも獣とも言えぬ断末魔が辺りに響き渡り、異形、もとい太陽神ラーは消滅した。
「お、終わったのか……?」
地に降り立ったホルスは力なくその場に崩れ落ちる。
「大丈夫か?」
駆け寄る二柱にホルスは頷いた。
「ああ。それよりあいつ、大丈夫なのか? 全然動かねえけど」
その巨体を横たえたままぴくりとも動かないペトスコスを指差し、ホルスは不安げに問いかける。
「大事ありません。彼の体は今、クヌム神から受けたナイルの加護によって守られていますから。少ししたら目を覚ますでしょう」
セベクは横たえたその体を起こしてやりながら笑顔でそう答えた。
「俺は壊された結界とアルクルンの修復に向かう。時間は掛かるだろうが致し方ねえ」
クヌムはそう言ってそそくさとその場を後にした。
「君達も。もうすぐ裁判が始まる。疲れてるとこ悪いけど休んでる暇はないよ」
トトに促され、二柱が歩き始める一方、ホルスは座ったまま動かなかった。
「ああ。悪い、腰が抜けちまった」
そう言って笑うホルスにアヌビスはため息をつく。
「……神上がった矢先、情けない」
「ああ……。笑えるよな。安心したんだ。みんなが無事で」
***
裁判が始まる少し前、マアトに呼び出されたアヌビスは何故か胸がざわつくのを感じた。
「来たか」
裁判の控えの間にはすでにマアトと、数人の神官がその場に控えていた。彼女は無表情のままアヌビスを目の前の椅子へと促し、淡々と語り始める。
「アヌビス神。ここにお前を呼んだのはお前の母、ネフティス神について話しておかねばならぬ事があるからだ」
彼女の言葉を聞き、アヌビスは何となくその内容を理解した。
「イシスの神殿で起こった殺人の件だが、これはすでに決着がついている。被疑者死亡のため不起訴。察しのいいお前ならこれがどういう事か分かるだろう」
「母が殺したんだろ。神官達を」
マアトは静かに頷き、言葉を続けた。
「数時間前の事だ。ネフティス神はここに来て、自らの罪について洗いざらい告白した。神官達を殺したのは自分だと、命じられた事とはいえ、それを止められなかったその罪を悔いると。そう告げた後、彼女は王宮へと向かった」
「何故身柄を拘束しなかった?」
アヌビスは彼女を問いただす。そこで彼女を止めていれば死ぬ事はなかった。だがそれは同時に自らの死を意味していた。母がここで拘束されていたら、自分の命はなかったのだ。
「彼女が取引を申し出たからだ」
「取引?」
「彼女は今、この罪から逃れる代わりに心臓を差し出した。彼女は死後、二度と蘇る事はない」
「そんな……」
罪を犯したとはいえ、自分を守る為に彼女は転生の機会さえも投げ打ったというのか。
彼女の覚悟にもはや自分の付け入る隙はない。
どうしようもなかったのだ。そう開き直るにはまだ時間が足りなかった。
***
「これより神々の裁判を行う」
厳粛な空気の中、マアトの声が響き渡る。廷内はいつにも増して緊張感が漂っていた。傍聴する神々の顔も一様に引き締まり、誰一人、この場の空気を茶化すものはいなかった。
「今回の裁判は過去最多。計四名の神を裁く事になった。セト神、ラー神、セクメト神、ネフティス神。だが諸事情によりいずれもここには出廷しておらぬ」
マアトの言葉に廷内がざわつく。
「死亡が確認されたラー神、ネフティス神については不起訴とする。そして先の戦いにて生き残ったセト神。そしてセクメト神。被告らを危険因子と判断し、身柄を厳重に拘束する事とした。先の逃亡事件も加味しての判断だ。異論はないものとして裁判を進める」
こうして被告のいない裁判は着々と進められ、ついに判決の時を迎えた。
「判決を言い渡す。セクメト神。被告は父であるラーの命により数多の半神を殺害。それ以前にも多数の殺人事件を起こし、人々を恐怖に陥れた。残虐極まりないその行為に同情の余地はない。よって被告を終身刑に処する」
一瞬ざわつく廷内をマアトは一喝する。静まり返る廷内を見渡し、彼女は再び口を開いた。
「そしてセト神。被告は今まで数々の神を殺し、その手を血で染めてきた。その中でもかつての王オシリスを手にかけ、この国を窮地に陥れた事は誠に許しがたい重罪である。未遂に終わったものの、その魔の手はその息子達にまで及んだ。その他霊峰アルクルンの破壊、メレトセゲル神の殺害未遂などその犯罪は多岐に及ぶ。被告に終身刑を言い渡し、更にその記憶を剥奪する事とする」
「記憶を剥奪? そんな事ができるのか? それに記憶を奪っちまったらあいつ反省しねえだろ」
マアトの判決を聞き、ホルスは不満げに言った。
「元々罪の意識のない奴に反省も何もあるか。それより、奴を悪へと駆り立てたその記憶を奪う方が得策なんだろう」
まだ何か納得のいかない顔をするホルスにアヌビスは続けた。
「奴がその憎しみを糧にまた悪事を企てたらどうする? また悲劇が繰り返されるだけだ」
「そうか……そうだよな。でもこれで父上も報われる」
「そうだな」
少しの沈黙の後、ホルスは改めてアヌビスを見やる。
「ありがとな」
「突然何だ。気色悪い」
アヌビスはそう一蹴したが、ホルスは笑顔のまま続けた。
「家族の為に戦ってくれて。時々喧嘩はするけど俺、お前の事大好きだ」
「やめろ、気色悪い。それ以上俺に近づくな」
「照れるなよ」
「照れてない! ……それよりあいつはどうした」
「あいつって?」
「お前と瓜二つの男がいただろ」
共に傍聴席に座っていた彼の姿が消えているのをホルスはその時初めて気づく。
「いつからだ?」
「分からない。あいつは一体誰なんだ」
「詳しい事は後だ。あいつを探しに行かねえと」
またしてもその正体を聞きそびれ、悶々としながらアヌビスはその後に続く。
傍聴席の階段を駆け下り、外へ出ようとしたその時、廷内に悲鳴が響き渡り、不穏な空気を感じ取った瞬間、目の前が突如暗転した。
「な、何だ?」
その視界が戻るまでわずか数秒。ホルスは訳も分からず辺りを見回す。暗転の後、裁判を終えたマアトが退廷し、神々が次々と帰っていくのをホルスは呆然と見つめる。まるで悲鳴など聞こえなかったかのように、皆平然とその場を後にする。ホルスはまるで自分だけがその場に取り残されたような不思議な感覚に囚われた。
「何だったんだ、今の……。アヌビス、これは一体——」
ホルスは後ろを振り返るも、そこに兄の姿はなかった。
「……アヌビス?」
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