第67話𓎡𓄿𓂋𓍢𓅓𓄿〜カルマ〜
「彼らを捕える? 何故我らがそんな事を?」
「確かにあの谷の一件には驚いたけれど、私達が動く必要があるのかしら?」
「だがクヌム神たっての願いだぞ」
「第一、あんな化け物を俺達がどうにかできるとでも?」
ナイル川周辺に集められた
「さすがに身内を差し出すのは気が引けるか。つっても俺だって包括的に言やお前達の親に変わりはねえんだが。まあ無理強いはしねえ。お前達はただ約束してくれりゃいい。俺がこれからやる事に一切口出ししねえとな」
クヌムが目の前の川に手をかざすと、その中に大量の川の水が吸い込まれていく。みるみるうちに干上がっていく川。その様子に戸惑いつつも、彼らはクヌムにその真意を問いただす。
「ナイルは人間、そして我々にとってもなくてはならぬもの。この国の命とも言えるその水を一体どうするというんです?」
「さあ? お前ら全員協力するってんなら川の水は元に戻してやってもいい」
「……それは実質無理強いなのでは?」
「この危機に保身に走る奴よりよっぽどマシだろ」
ナイルの守護神とは思えぬ暴挙に困惑する神々。それでも数柱はすぐにクヌムの後に続いた。
「俺は原初の丘にいる。協力したい奴は来るといい」
***
「セクメト」
巨大な神殿に響くその声は妙に苛立っていた。
名前を呼ばれた彼女はその声の主、父の前で膝を折る。
セクメトが顔を上げると、忌々しい男の姿がそこにはあった。しかしこれはホルスではない。見た目にほとんど違いはないが、纏う空気が彼とは全く異なっていた。父がどこで子供を作ろうと興味はないが、その姿からしてイシスかその妹ネフティスとの子供である事は間違いない。
「この姿では不服か?」
「いえ……決してそのような事は」
だが苦虫を嚙み潰したような彼女の表情から二人の間に何かしらの因縁がある事は明白だった。
「……まあいい。お前がここを開けている間に様々な事が起きた」
「存じております。申し訳ありません」
深々と頭を垂れる娘にラーはその表情を和らげる。
「謝らずとも良い。お前は私の大事な娘だ。だがあまり自由に出歩かれると守ってやれなくなる」
大事な娘。駒の間違いだろう。セクメトは心の中でそう吐き捨てる。自分を常に監視下に置き、意のままに操る。守る為ではなく、ただ私欲の為に。
だが今まで自分がどこで何をしていたのか、そう問われると上手く答える自信がない。まるで抜き取られたかのように、一部の記憶が頭から抜け落ちているのだ。かと思えば、身に覚えのない断片的な記憶が突然脳裏に蘇ってくる事もあった。
「――ッ」
突如頭を押さえ、顔を歪ませる父を見てその意識は一瞬にして現実へと引き戻される。慌てて駆け寄る娘をラーは制した。
「問題ない。それよりお前に任せたい仕事がある。半神狩りはしばらく中止だ」
「ですがそれでは――」
「器の事は心配するな。すでに手を打ってある」
玉のような汗を滲ませ、ラーは再び娘を見据えた。
『石切場へ向かうのだ。そして——』
父の言葉を反芻しながら、セクメトは嘆息する。
まさかまたこの場所に足を踏み入れる事になるとは。ここを訪れたのはもう何百年も前の事だが、その記憶は未だ色褪せる事なくセクメトの頭にこびりついている。だがその苦い経験を自らの過去もろともに破壊して、気を晴らすのもいいかもしれない。セクメトはそう思い直し、採石場の奥へと足を踏み入れる。
およそ数百年ぶりに訪れたその場所は以前とはまるで様変わりしていた。あの頃の記憶では確かこの辺りにオベリスクが建っていた筈だが、跡形もなく消えている。人間が人間を讃える為に作った記念碑。神の世界においては非常に珍しい遺物だ。しかし荒廃が進んでいるとはいえ、簡単に風化するものではない。壊れてしまったか、あるいは意図的に——。
いい気味だ。
セクメトはせせら笑い、目的の場所へと向かう。
岩と岩の間にできた小さな隙間。セクメトはそこに体を押し込み、中を覗き込む。奥には人が数人入れるほどの小さな空間が広がっており、その中央には座像、その隣にある台座の上には聖なる石、ラピスラズリの原石が置かれていた。
足を踏み入れた瞬間、セクメトの脳裏に再び見知らぬ記憶が蘇る。
自分を心配そうに見つめるセム神官の姿。彼は外をしきりに警戒しつつ、その不安を和らげようと何度も声をかけてきた。緊迫した状況の中、彼の存在は暗闇に差す一筋の光のように見えた。
記憶を振り切り、セクメトは座像の前に立つ。
私が、人間ごときに……。
あの日の屈辱を忘れはしない。
その座像を打撃一つで叩き割ったセクメトは次に隣にある鉱石に狙いを定める。
「待たんか」
拳を振り上げたその時、背後で男の声がした。
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