第55話𓋴𓄿𓎡𓍢𓋴𓇌𓈖〜作戦〜
「井戸の中をもう一度調べられるか? 奴の言った事が本当なら、その井戸のどこかに父の王宮へと続く水路が見つかる筈だ。それが王宮のどこに通じているか、それが分かれば奴の目的が分かるかもしれない」
エゼルが部屋を出ていくのを確認し、アヌビスは再びキオネに指示を出す。彼女は深く頭を垂れ、穴の中に姿を消した。
水源の確保が済んだら、次はそれをどう使うかだ。できる事なら部屋一杯に貯めた水の中に全身沈めてやりたいが、建物自体が崩壊している今、そこに水を引いた所で地表が湿る程度。おびき寄せるにも何らかの策が必要だ。
一旦部屋に戻り計画を練ろうとした所で扉の向こうに再び気配を感じた。
「裁判? あの男が捕まったのか?」
アヌビスにその一報を知らせたのは数少ないセトの重臣の一人だった。これまでの悪行を鑑みても今更な気はするが、法律で正式に裁かれるのであれば最高神とて言い逃れはできないだろう。
「明日、裁きの場にて厳正に執り行われるとの事です。御出席されますか?」
重臣の言葉にアヌビスは答えを踏みとどまる。
「陛下は何と?」
「陛下は参考人としてマアト神から正式に招致されています。そして陛下はそれを承諾したようです」
チャンスだ、とアヌビスは思った。参考人であれ、裁判に拘束されている間は不正防止の為にあらゆる行動が制限される。日頃遠隔で監視されていたとしても、この間だけは一時的に解除せざるを得ないだろう。
潜入して数週間、この王宮の臣下達は
注意すべきはやはりエゼルだ。協力するとは言ったものの、その言葉が信用に値するかどうか未だに怪しい。敵として行動した方がいいだろう。
「他に誰か追従する者はいるのか?」
「いえ、呼ばれたのは陛下のみで、他に志願者もおりませんでしたので……」
やはり彼はここに残すつもりらしい。右腕とはいえ
「いや、俺もここに残る」
「承知致しました。では陛下にはそのようにお伝え致します」
明朝、事もなげに主を見送ったアヌビスはさっそく行動を開始した。キオネに水路の有無を確認させた後、そのまま裁判へと潜り込ませ、自分はこっそりと部屋の外に出る。
キオネの報告を元に昨晩のうちに作成したこの王宮の全体図。それを片手にアヌビスはまず臣下達のいる執務室へと向かった。
王宮に仕える人間は皆神官職を兼務している。そうでなければ聖域である天界で存在する事はできないからだ。一方専業者は神殿に仕え、自らが信じる神にその身を捧げる。
だがいくら神官といえども誰もが聖人という訳ではない。神にすらそれぞれに性格があり暴君が存在するのだから、人間となれば尚更である。
「我が主人にも困ったものだ」
扉の前に立ったアヌビスは中から聞こえてくる会話に耳を傾ける。どうやら主人がいないのをいい事に日頃の不満をぶちまけている、といった風だった。
「朝の報告が少しもたついただけで罵詈雑言の嵐。その後一週間謁見室への入室を禁じられた」
「私など、ただ鬱陶しいという理由で一度ここを追放された事がありますよ。無論他に行き場所などないので懇願して何とか戻る事ができましたが……私が一体何をしたというのですか」
「あの方にはもはや我々など必要ないのだ」
「ならその日頃の鬱憤を晴らそうとは思わないか?」
「アヌビス様! この話はご内密に……って今何と?」
突然の訪問に臣下達は明らかな動揺を見せたが、案の定アヌビスのその提案に彼らは興味を示した。
「俺も、あの方の傍若無人ぶりに嫌気が差していた所だ。ここは一つ、ささやかな仕返しをしてやろうと思ってな。せっかくの機会だ。普段気苦労の絶えないお前達もこの策に乗ってはみないか?」
「まさか、あの方の性格をご存知でしょう。少しでも機嫌を損ねれば我々の首が飛びかねない。……一体何をなさるおつもりで?」
主君に対する恐怖はあれど、やはり興味は捨てきれないようだ。
「落とし穴。ちょっとした悪戯だ。これでお前達の気も晴れるだろ?」
再度井戸を調べたキオネの話では、水路は普段数枚の板で堰き止められ、穴の最奥にはかなりの水が溜まっているようだ。ならば崩壊した王宮に水を引くより、いっそのこと井戸そのものに落としてしまおうとアヌビスは考えた。
「正気ですか?」
臣下達の言葉にアヌビスは頷く。戸惑い、参加を決めかねる臣下達の中でただ一人、臣下達の中でも一際体格のいい男が口を開いた。
「なかなか面白そうでないか。私は乗るぞ」
男の言葉に釣られて、臣下達は次々と名乗りを上げる。その勢いに押され、結局その場にいる全員がその提案に乗る事を決めた。数にしてざっと十人程度だが、奴をおびき寄せるだけなら十分だろう。
それに——。
アヌビスにはもう一つ、秘策があった。
「これから作戦について説明する。一度しか言わないからよく聞いておけ」
アヌビスは臣下達を見回し、外に漏れぬよう小声で話し始めた。
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