第41話 𓈖𓍯𓂋𓍯𓋴𓇋〜狼煙〜
「セトが……出て行っただと?」
キオネからの報告にアヌビスは眉をひそめる。
「はい。それも数人の神官に付き添われて……。」
どういう事だ。俺やエゼルを連れて行くならまだしも、神官など引き連れて一体どこへ?
「アヌビス様!」
扉の向こうで響くマギルの声にアヌビスは顔を上げた。
数時間前、主であるバステトへ一度報告に戻りたいと彼から申し出があったのだ。ホルスの訃報も含め、今この神殿で起こっている事の全てを彼女に伝えておくべきだと言うので、アヌビスはそれを承諾した。
しかし戻って来た彼の顔は青ざめ、額には汗が滲んでいる。アヌビスはまた何か良からぬことが起きているのではないかと、思わず身構えた。
「裁判を開くようです。」
短く放たれた言葉に2人は息を呑む。
「それは……。」
「バステト様はあの男を法で裁く準備を始められたようです。何やら秘策があるとの事でしたが詳しい事はわたしも……。」
しかしあの男の所業が裁判にまで発展したのはこれが初めてではない。過去、どれだけ悪行を繰り返そうと罪に問えなかったのは彼自身の強さと最高神ラーという後ろ盾があったからで、それは当然今も健在である。あの父を殺した時でさえ数日の拘束で済んでいるのだ。そんな男を今更重罪に問えるとは思えない。
だがチャンスではある。罪に問えるかは別として、セトが裁判所に拘束されている間は監視の目が消える。後はハトホルがエゼルを上手く引き入れてくれれば計画の算段もつくだろう。
「トト、ホルスは一体どこまで見ていたんだと思う?」
それは少し前、彼からウジャトの目の真実を聞かされた時から気になっていた事だった。
あの時あいつは確かに俺を待っていたと言った。俺があそこに現れる事を知っていたからだ。もしかしてあの場でセトに殺される事も——。
「——まさか。例え君に会えるとしてもみすみす殺されに行くなんて馬鹿な事はしないよ。君やイシスが悲しむ事を知っているし、何よりこの国の王になる男だからね。」
まるでまだホルスが生きているかのような言い草にアヌビスは複雑な気持ちになる。
「君は頭がいい。そして魔術にも長けている。ホルスの遺体を守る手段も既に考えているんでしょ? セトがいない今こそ、君がホルスを守らなきゃ。」
トトに背中を押され、アヌビスは改めて今自分がやるべき事に意識を向ける。
「——そうだな。ホルスは俺が必ず守る。トト、マギル、2人には水路を作ってもらいたい。」
「水路? 僕が?」
アヌビスの言葉にトトは驚いて声を上げる。それもその筈、神殿を含め全ての建物は人間が作るものであり、神が行う事ではない。それは水路とて同じ事である。
「分かるだろ。いくら頭が切れたって人間の力には限界がある。だがあんたなら数日で作るくらいの技量はある筈だ。それにマギルは神殿の建設に携わった経験がある。より効率的に作業を進められる筈だ。」
「……心外だな。僕なら1日、いや半日で終わらせられるよ。」
その役目に未だ納得はしていないようだが、トトはむすっとした表情で承諾の意を示した。
「水路はまずこの部屋から玉座のある広間まで、地下を通って水が流れるようにしてもらいたい。その後の事は追って説明する。」
「では案内役はぜひこの私に。」
突如響いたその声に一同ははっとして振り返った。
「やっと来たか。エゼル。」
彼は相変わらず張り付けたような笑みを浮かべこちらを見下すように立っている。
「遅くなってごめんなさい。連れてくるのに少し手間取ってしまって。」
その後ろからハトホルがひょっこりと顔を出す。
「宜しいのですよ。私は貴方の為に協力するのです。」
先程とは打って変わり、恐ろしい程優しい声音と爽やかな笑みを浮かべるエゼルに一同は思わず彼を二度見した。彼の豹変ぶりに驚いたアヌビスはハトホルの方に視線を移す。しかし彼女は何を言うでもなくただ微笑むだけだ。
彼女は一体エゼルに何をしたのだ。
数ある記憶の中からあらゆる魔術や神力の知識を引っ張り出してきても、やはり当てはまるものが見つからない。
アヌビスは気味の悪いエゼルの様子を一瞥し、それから一同を見渡して言った。
「——役者は揃った。作戦を決行する。」
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