第49話𓃀𓄿𓈖𓈖𓇋𓈖〜法の番人〜

「あんたは?」

 ホルスはまるで機を狙っていたかの如く絶妙なタイミングで現れた彼らを鋭く睥睨へいげいした。


「我が名はマアト。この世の真理、また秩序と法を司る神。世の調和の為に我はある」


 他の誰とも違う異彩なオーラを放つ女神は無表情のまま淡々と答えた。

 

「我々はこの男を野放しにしすぎた。その結果世は乱れ混沌と化したのだ。法をもってこの男に裁きを下すべく我々が責任を持って——」


 その釈然としない顔が気になったのか、マアトは言葉を切り目を細める。


「何か言いたげだな」


 母の命を賭けた最後の一撃をまるで利用するかのような言動にホルスはその思いをぶつけた。


「見てたのか? 母が倒れる所を」

 

 問い詰めるホルスに彼女は悪びれる様子もなくあっさりと認めた。


「どちらか一方に手を貸す事はこの世のルールに反する。特異な立場に身を置く者、特にこの世の法に関わる者は如何なる理由があろうとその行動に私情を持ち込む事は許されない。お前が懐いている男は堂々と背いているようだが、中立とは本来そういうものだ」


「だからって……」

 弁明を受けて尚、不満げな表情のホルスにマアトは諭すように言った。


「この一撃がお前の母が命を賭して見舞ったものだという事は我々も理解している。だが見ての通り今は時間がない。この男が目を覚ます前に全ての手続きを終わらせねばならぬのだ。裁判が無事行われたのち、彼女には改めて謝意を示そう」


 そう言って彼女は未だ気を失っているラーの額にそっと手をかざした。すると朧気な光と共にその額には烙印のような何かが刻まれ、その手足には重厚な枷が嵌め込まれる。


「行くぞ」


 彼女が一言発すると、傍に佇んでいた馬がいななき、周りの神官達が一斉に動き始める。一人が彼の体を起こし、その後数人がかりで担ぎ上げると馬の背に乗せた。一連の動作には一切の無駄がなく、また容赦もなかった。まるで荷積みでもしているかのような粗雑な扱いに、ホルスはこの男が国家神である事を忘れそうになる。


「裁判の後はどうなる? 殺すのか?」

「それは判決次第だが——まあ結果は見えているだろうな」


 その言葉にホルスは悟った。今までの彼の所業を考えると、相当に重い刑罰が与えられるだろう。


「そいつには聞きたい事が山程あるんだ」

「それについては心配ない。裁判の中でそれを追求するのが我々の役目。真実を知りたくば来るといい」


 そう言い残し、一行は黄砂の中に姿を消した。


「どう思う?」

 まるで彼らが去るのを待っていたかのように耳元ですかさず兄の声が響く。


「どうって、何が?」

「父の裁判だ。そんな簡単にいくと思うか?」


 確かに弱体化しているとはいえ、国家神である彼がこのまま大人しく裁判を受けるかというと疑問である。


「とにかく、行ってみるしかねえ」


 裁判となれば神といえど法には逆らえない。嘘偽りを話す事は許されず、破った暁には更に刑が重くなる。彼の口から一体何が語られるのか、この裁判が一連の事件の解決に欠かせないピースになる事は間違いなかった。


「その前にケリをつけなきゃな」


 ホルスは吹き荒れる黄砂の向こう側を見つめもう一人の兄に思いを馳せる。


「行くのか? 王宮に」

「ああ。もう一度あいつに会いに行く」

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