第49話𓉔𓍯𓍢𓏏𓇋〜法治〜
セトが法廷から姿を消したという知らせを受け、マアトは急ぎ追跡を始めた。廷内には彼女の気が張り巡らされており、どこに誰がいるのか即座に把握出来るようになっている。
だが既に彼の気配はこの建物から消えていた。対象が建物から出てしまえばもはや管轄外である。マアトにはこれ以上追跡する術もなかった。
セトを取り逃がし、神々から非難を浴びたマアトだったが、彼女は相変わらずの無表情でそれをかわした。彼女の意識は既に別の場所へと移っていたのだ。
マアトはバステトを控室に呼び出した。法廷から出られない自分の代わりに調査と追跡の依頼をする為だ。既に数人送り込んではいたが、セト相手では心許ない。裁判の証人であるが故聞きたい事もある。
「まさか逃げるだなんて——。」
バステトが頭を抱える横でマアトは考える。
疑問は2つだ。
1つ目は逃亡に何故気付かなかったのか。
2つ目は何故逃げたのか。早急に調べるべきはやはりこちらの方だろう。
そもそも逃げた所で裁判自体がなくなる訳ではないのだし、無罪を勝ち取る自信があるのなら尚更、堂々と判決を待つべきである。
周りを煽り休廷させたのち混乱に乗じて逃げ出すというやり方も実に古典的で計画性がない。
急用でも出来たのか或いは——。
「1つ聞くが——。」
沈黙を破り、マアトは突然バステトに話しかける。
「今回の裁判、証人であるお前には何か勝算があったのか。」
もし彼女に策があり、セトがそれに気づいて策を講じられる前に逃げたという可能性もある。それが裁判の結果を左右する重要なものであったなら尚更、早急に切り上げる必要があっただろう。
マアトの質問にバステトは言葉を濁しながら答えた。
「ええ……。単純な事です。この裁判を操っている父を追い出せば判決は公正なものになる。私達はそれを狙っていました。」
「——私達?」
「私の姉、セクメトです。彼女は私達姉妹の中で最も従順な父の駒。しかし従順を装っている彼女自身、幼少期より父には相当な恨みを持っています。それに父の隣に座っている彼女ならそれが可能だと——。」
「——成程。」
マアトはバステトの話を聞き、一呼吸置いてから再び口を開いた。
「その策がどのようなものだったか詳細は聞かずにおくが、セト神が絡む今までの裁判にラー神が関わっているという誤解については解いておかねばならぬ。」
「誤解……?」
その言葉にバステトは眉をひそめる。
「公平であらねばならぬ裁判において、それを司る私がその様な忖度をすると思うか?」
射抜くような視線にバステトは一瞬怯んだように彼女から目線を逸らす。
「……では原因は別にあるというのですか? しかし実際に——。」
バステトが言いかけた言葉をマアトは手で制す。
「あの2柱が繋がっているのは確かだが、それを理由にあの男を無罪にするなどという事は断じてしてはおらぬ。あの男を罪に問えない理由は被害者の方にあるのだ。」
「被害者……?」
バステトは再び眉をひそめた。あの男にしてやられた哀れな被害者に一体どのような原因があるというのだろう。
「彼らが自ら望むのだ。あの男の無罪を。」
言葉を失うバステトを横目にマアトは話を続ける。
「皆報復を恐れているのだ。自らの欲の為に王をも手に掛けた男が、法などというものに大人しく従う筈がない。それは初めてあの男を裁判にかけたあの日誰もが思い知らされた事実だ。圧倒的な暴力の前では法など無力であると。それらが正常に機能していれば今頃正式な王位継承者であるホルスがこの国を治めていた事だろう。」
そしてマアトは珍しく自嘲するように口元を歪めた。
「現状、裁判自体が茶番だと、そう言われても仕方がないのかも知れぬ。法を司る神として不甲斐ない。」
マアトの話を聞きバステトは落胆した。判決の結果が彼女による忖度ではなかったとしても、それらが暴力によって捻じ曲げられている事実は変わらない。力で全てを捩じ伏せるあの男が玉座に座り続けている限り、法治など出来る筈がないのだ。
「しかし私とて、このままで良いとは思っておらぬ。法が機能しないこの現状を変える為、お前の力を貸して欲しい。——裁判はまだ、終わってはおらぬ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます