第48話𓎡𓄿𓇋𓏏𓇌𓇋〜開廷〜
「相変わらず余裕だな。あれが今から裁きを受ける者の顔か?」
「当たり前でしょ? 今までだって何度も罪を逃れてきたんだし、有罪になった所でせいぜい数日拘束されるくらいで終わるわよ。」
「久しぶりに見たけど本当綺麗な顔してるよな。あいつは本当に男か?」
「見りゃ分かるだろ。お前女神に相手にされないからって男はやめとけ。」
「ば……っ! そういう意味じゃねぇよ! それに何だよ相手にされないって!」
「でも分かるわ。あの顔で女の影がまるでないのが不思議よね。」
「馬鹿ね。ああいうのが1番ダメよ。それに噂ではネフティスと——。」
「皆、静粛に。」
下世話な会話を続ける神々を制するが如く、法廷に力強い声が響き渡る。
国中の神が見守る中、真理の神マアトが法廷に姿を現すと、廷内は水を打ったように静まり返った。その壇上から全てを見下ろす様はまさに厳格な法を統べる女神そのものだった。
「これより、被告セト神の裁判を始める。」
厳粛な雰囲気の中、マアトが高らかに宣言する。
一方、証言台に立つバステトの心境は複雑だった。セトを法廷まで引きずり出したのはいいが、また以前と同じ結果になってしまうのではないか、そんな不安が拭えないのである。
彼女はふと、傍聴席の最上階を見上げる。そこには父であるラーが我が物顔で座っていた。まるで自分こそがこの法廷の支配者であるかのような居住まいにバステトは苦笑する。その隣には姉のセクメトが神妙な面持ちで椅子に収まっていた。
裁判はマアトが1人で取り仕切っているが、有罪か無罪か、それを決めるのは彼女ではない。その判例の殆どが国中から集まった神々の多数決で決められる。しかしそれは表面上のルールで、実際は数というよりも、誰がどちら側に付くかというのが重要なのである。その筆頭が最高神ラーであり、この裁判は長年彼の支配下にあると言っても過言ではない。邪神と言われるセトが何年にも渡ってこの世を統治出来ている事実もこの世界が、そして最も公平であらねばならぬこの裁判までもが弱肉強食の世の中である事を証明してしまっているのだ。
「では今一度今回の起訴内容について改めて被告に確認を行う。被告は前へ。」
神々の好奇の目に晒されながらセトは壇上に登った。一切の焦りを感じさせないその顔はむしろ周りを嘲笑しているようにも見える。
被告、そして証人、それぞれの証言台の前に天秤が置かれ、右側には羽、そして左側には心臓が乗せられている。
「被告セト神、そして証人バステト神。両者共に嘘偽りない真実を述べよ。さもなくばこの天秤に乗ったお前達の心臓は
通例の儀式であるとはいえ、やはり証人として証言台に立つ事の重みをバステトはひしひしと感じた。神の世界において裁判の場で嘘偽りを述べる事は万死に値する。それは証人であっても同じ事だ。
「今回罪に問われているのはかつてこの国を治め、神を統べる王だったオシリスの息子、ホルスをその手に掛けた事についてだがセト神よ。この事実に異論はあるか?」
マアトの問いにセトはフンと鼻を鳴らした。僅かに動いた唇から彼が何か言ったのだろう事は理解したが、バステトには上手く聞き取れなかった。すると彼の言葉を唯一理解したマアトの眉が僅かに上がる。
「茶番とは、この裁判の事を言っているのか?」
マアトの問いに対し、セトは周りを見回し、大衆に向かって言い放つ。
「ああ。そうだ。ホルスを殺った事も事実。だがこんな事をして一体何になる? お前らも内心分かってるんじゃないのか? 俺を裁判にかけても大した罪に問えない事を。」
セトの言葉に案の定傍聴席はざわついた。
「静粛に! セト神、罪に問えないとはどういう事だ。私は法の番人として——。」
「それが茶番だと言ってるだろう。お前が今ここでどれだけ御託を並べようと、どうせ最後には無罪か軽罪。時間の無駄なんだよ。——まぁ俺は自分が今までやってきた事を罪だと思った事はないがな。」
セトの横暴な言動にやはり周りからはヤジが飛ぶ。
「何てこと……!」
「尋問なんてしてないでそんな奴さっさと牢にぶち込め!」
数々の怒号が飛び交う中、セトは火に油を注ぐが如く言動で更に彼らを怒らせた。席から身を乗り出し、今にも飛び掛かろうとするものまで現れ、流石のマアトも裁判を中断せざるを得ない状況にまで発展した。
一時休廷となり、バステトは胸がざわつくのを感じた。いくら余裕があるとはいえ、周りの者をあそこまで煽る必要があるだろうか。
もしや別の狙いが?
そう思った時、目の前をマアトの神官が走り去っていくのを見た。かなり慌てた様子だったのでバステトは思わずその後を追い、彼女に声を掛ける。
彼女から事情を聞いた途端、バステトは言葉を失った。
「何て事……!」
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